鉄道建設の機運高めた佐賀、長崎

長崎みなとメディカルセンターの前にある「我が国鉄道発祥の地」の記念碑

<沼本忠次の「鉄路をつなぐ」30>我が国鉄道発祥の地

幕末の佐賀藩は、西洋の学問を取り入れ、近代的な軍事力の増強をはかりました。1853年(嘉永6)、ロシア軍艦パルラダ号が長崎に来航、その際に乗船の許可を得た佐賀藩理化学研究施設「精錬方」の中村奇輔らが目にしたものは蒸気車の模型でした。その後、藩主鍋島直正の許可を得て、1855年(安政2)に日本人の手で蒸気車の模型が作り上げられました。

1865年(元治2)、英国貿易商のトーマス・グラバーが長崎で小型蒸気車の試運転を実施、大浦海岸から松ケ枝橋までの545メートルを蒸気車アイアン・デューク号(鉄の公爵)が走りました。これは、鉄道で日本の産業を発展させようとしたグラバーの施策でした。

このように佐賀、長崎の鉄道は日本の鉄道建設の機運を高め、1872年(明5)に日本で初となる本格的な鉄道の営業が始まったのです。

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