【ヤングリーグ特集】国学院大・緒方漣「あの敗戦があったからと言えるように」/後編

21年8月、横浜・緒方は甲子園史上初の1年生サヨナラ弾を放った

ヤングリーグの関東勢として初めて全国制覇を達成してから4年。オセアン横浜ヤングの主将だった緒方漣内野手は横浜高を経て、国学院大学体育連合会硬式野球部1年生のシーズンを終えた。横浜高時代に甲子園で放った本塁打を成長のエネルギーにした。思わぬ形で幕を閉じた3年夏の涙を、侍ジャパンで笑顔に変えた。国学院大では、涙に暮れたあのプレーを繰り返さぬよう、新たな技術を習得している。後編はヤングリーグの後輩たちへ、若き先輩のメッセージで締めくくる。【取材・久我悟】

【オセアン横浜で自信】

横浜高入学直後の春の県大会で、上級生の故障もあり遊撃のレギュラーを獲得。夏の甲子園1回戦(対広島新庄)で史上初の1年生サヨナラ弾を放った。横浜に緒方漣あり。以来、プロも注目する活躍で、2年夏にも甲子園に出場した。

―1年春から堂々とプレーできたのは、オセアンの練習があったからですか

緒方 はい。自信はありました。練習量もメンタル的にも。やっていけるんじゃないかなって。

―甲子園の最初の印象は

緒方 開会式で「うわっ」て圧倒されましたけど、試合の時は冷静でいられました。もともと緊張しないタイプで、「やってやるぞ」って気持ちの割合が高くなるんです。

―初甲子園で逆転サヨナラ3ランを打ちました

試合後、村田(浩明)監督に「ここで消えていった選手を俺は何人も見てきた。これで終わったら、ただの選手だぞ」って言われたんです。これ以上の結果を残せるように、もっと練習する、上を目指すきっかけになったと思います。

―甲子園ってどんなところですか

緒方 スタートラインでもあるんですけど、やってきたことが報われる、感謝するいろんな人に恩返しできる場所。目標にして価値のある場所だと思います。

【最後の夏のプレー】

3年夏の神奈川大会決勝。慶応を2点リードして最終回を迎え無死一塁、二ゴロ併殺を狙った遊撃・緒方の右足が二塁ベースを触れてないと判断されオールセーフに。その後、逆転サヨナラ3ランを浴びた。

―思い出したくないでしょうが、3年の夏の決勝は複雑な心境だったのでは

緒方 立ち直れないと言ったら、立ち直れなかったんですけど、いろんな人に「これがあったから」って将来言えるような野球人生になって欲しいと言われました。自分でも「あの敗戦があったから」と言えるような、今後の野球人生にしていきたいです。

―進学後、二遊間のプレーに変化はありますか

緒方 高校で教わった形をもう1つよくした形を、上月健太コーチに教わりました。アマチュアはリプレー検証がないので(確認しやすい)はっきりした形の方がいいと思います。

【盗塁と打撃の質】

―プロ野球に行くつもりはなかったのですか

緒方 3年の春まで行きたかったのですが、村田監督はずっと進学を勧めてくれて、春の結果もあまり出せなかったので、実力を高めてからプロになるべきかなと、進学に決めました。

―侍ジャパンでの活躍で揺らぎませんでしたか。台湾に同行した記者が「緊張しない選手は多かったけど、緒方選手はプレーを楽しむ雰囲気があった。初めてのチームで初めての国、初めての相手。すべて初めての中で、初優勝は緒方選手がいたから」と話していたほどでした

緒方 揺らぎませんでした。夏ああいう形で終わったので、日本代表に選んでもらって、経験できた喜びの方が大きかったです。横浜の同期の分まで結果を出したかったので。

―国学院大を選んだのは

緒方 上月コーチに教わって守備を伸ばしたかったのと、もっと走力をつけたいので、平岩時雄コーチが瞬発系メニューを取り入れている、この大学を選びました。

―大学生活は

緒方 授業を自分で履修して、合間にグラウンドに出るのは慣れなかったんですけど、後期になって落ち着いて、メリハリをつけて生活できています。リーグ戦期間中は、授業とうまく切り替えて、試合に集中するようにしています。

―今オフの課題は

緒方 走力はシンプルにスピードを強化して盗塁できる選手になりたい。打撃はコンタクトした時の打球の質を上げたいです。少しずつ木製バットの使い方、力の抜き方がわかってきました。

―中学球児にメッセージをお願いします

緒方 基礎基本は常に付きまとってきます。今、いろんな人が技術動画を発信していますが、守備でも打撃でも、まずは基礎基本があっての応用であって、使い方だと思います。わからなくなったら、戻ってこられる場所になるように、これから始める人や小中学生は、基礎基本を大切にして欲しいです。

【甲子園初の劇弾】

◆緒方漣(おがた・れん)2005年(平17)6月20日生まれ、神奈川県出身。5歳の時に大島三丁目子ども会野球部、小4で元宮ファイターズ、川中島中時代にオセアン横浜に入部。中3のグランドチャンピオンシップ大会で関東勢初優勝。横浜高で1年春から遊撃手のレギュラーに。夏の甲子園の1回戦(対広島新庄)で放った逆転3ランは、大会1号で史上初の1年生サヨナラ弾だった。2年夏も甲子園出場。3年夏は神奈川大会決勝で慶応に敗れた。甲子園は逃したものの、U―18W杯侍ジャパン入りして、MVPに輝くなど初の世界一に貢献した。高校通算16本塁打。24年4月に国学院大に入学。春秋の東都大学リーグ戦の通算成績は14試合23打数2安打、1本塁打、1打点、打率8分7厘、1失策。