【記者の目】26日卒コンAKB本田仁美の圧倒的なプロ意識、非選抜からの劇的アイドル人生の裏に

笑顔でポーズを決めるAKB48本田仁美(撮影・たえ見朱実)

<記者の目>

AKB48本田仁美(22)が今日26日、パシフィコ横浜国立大ホールで卒業コンサートを行う。14年4月にチーム8(当時)の栃木代表としてデビューし、18~21年にはIZ*ONEのメンバーとしてもグローバルに活躍した。本田のアイドル人生とはどんな歩みだったのか。元担当記者が振り返る。

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13年11月に48グループ担当になった記者にとって、14年4月にお披露目されたチーム8の初期メンバーは“ほぼ同期”。チーム8担当ではなく、接点が少なかったが、それにしても「本田仁美」の印象は、「ダンスが上手な子」ということ以外、正直にいうと、色濃いものではなかった。「PRODUCE48」でIZ*ONEのメンバーに選出。宮脇咲良、矢吹奈子とは違って、それまで“非選抜”だった本田への周囲の目も明らかに変わったが、ご多分に漏れず、その1人だった。

AKB48に“復帰”した後は、「圧倒的なプロ意識」をグループに植えつけた。AKB48は、デビューしてからの成長を見守る“親近感”のあるスタイル。一方、韓国ではデビュー前からスキルを鍛え上げるスタイルが主流で、その中でもまれ、意識を変え、自信をつけた。ダンスは細部までとことん追求。徹底した自己管理。取材中も、いすの背もたれに背をつけずに視線もまっすぐ記者に向ける…。そんなエキスをAKB48にも注いだ。「根も葉もRumor」、本田がセンターを務めた「元カレです」といった、ダンス界でも話題になったこの2曲も、本田ありきではなかったが、本田なしではあり得なかっただろう。

25年12月に結成20周年を迎えるAKB48は、もともと「スターへの登竜門」的なコンセプトで立ち上げられた。姉妹グループも含めて、これまで数百人のメンバーが誕生し、それぞれ個性を発揮しながら、チャンスをつかむ者もいれば、つかまえきれないまま、その後の人生を歩む者もいる。

かつて本田は「一生懸命やれば、目標や夢もかなうということを実体験できた」と振り返り、だからこそ「これからもどんどん挑戦していきたい」と語っていた。何年も地に根をはり、チャンスをつかみ、シンデレラのように劇的で、唯一無二なアイドル人生を歩んだメンバーも、そういない。【元48グループ担当・大友陽平】

◆本田仁美(ほんだ・ひとみ)2001年(平13)10月6日、栃木県生まれ。14年にAKB48チーム8の栃木県代表として加入。18年の選抜総選挙で82位にランクイン。同年、日韓共同プロジェクト「PRODUCE48」で第9位となり、21年4月までIZ*ONEの一員として活躍。シングル「元カレです」(22年)、「どうしても君が好きだ」(23年)でセンター。自身初のフォトブック「明日の向こう側」(宝島社)が発売中。