フランス最難関のアンリ4世高校で教壇に立つフランソワは、父が著名作家、姉が彫金作家という知的で裕福な家に育ち、恵まれた境遇のままベテランと呼ばれる域に達している。

仏映画「12か月の未来図」(4月6日公開)は、そんな彼がひょんなことから教育困難校に「転勤」してからの困惑、奮闘の顛末(てんまつ)が描かれる。

教育理論はさすがだが、しゃくし定規は否めない。きれいな女性にはすぐにポーッとなるが最初の一歩が踏み出せない。境遇は正反対ながら、フランソワには不思議と「寅さん」の香りがする。生徒たちの中には確かにワルがいるが根は純情で憎めない。「金八先生」で心をえぐられるような悲惨をさんざん見せられてきたからか、エピソードの数々もソフトに思え、未来に明かりを感じさせる。

ユネスコで世界各地を取材した経験を持つというオリビエ・アヤシュ=ビダル監督(兼脚本)は極論や極端な事例を排しながら、移民の流入で顕著になった都市部のエリート校と郊外の問題校の格差を映し出す。暴力や極端な排斥運動の描写がない分、日常に潜む格差がしみじみと伝わってくる。学校や関係者へのロケハンを繰り返したそうで、学校評議会や教育会議というフランスの教育システムを物語にうまくかませている。

フランソワは父のサイン会のパーティー会場で「格差問題を解決するにはエリート校のベテラン教師を問題校に派遣するべきだ」と持論を展開する。その話を聞いていた美女が教育省の専門家で、本人の知らないところで彼の派遣話が進んでしまう。

「まさか自分が」と当惑しながら、美女の前ではじたばたできない。優等生に囲まれ、頭でっかちに理想を語ってきた彼が問題校の厳しい現実の中に放り込まれることになる。導入部分が巧みにできていて、深刻な問題をユーモアにくるむこの作品のテイストにあっという間に引き込まれる。

主演のドゥニ・ポタリデス(55)は、フランスが誇る劇団コメディー・フランセーズの座員。一見動じないように見えながら、心の中ではあたふたしているベテラン教師像が味わい深い。

問題山積の郊外校は若手教師中心で、エリート校からやってきたフランソワへの期待は大きいが、一方でお手並み拝見と突き放すような空気もある。環境激変の中で、しゃくし定規に見えた彼は意外な適応力を発揮し始める。同僚の美女にいつの間にか思いを寄せる「寅さん」ぶりは変わらないが、この人の心の広さ、温かさが少しずつ見えてくるところがこの作品のミソになっている。

多種多様な移民の子たちの「個性」も最初はうるさく感じるが、けっこう真っすぐな心根や、隠された才能も見えてくる。ストーリーの進行とともに心情描写が多くなり、ラストはじわっと心に染みる。少しきれい事すぎるきらいはあるが、久々ストレートな「学校もの」は心地よかった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)