ニコール・キッドマンにはトム・クルーズの元美人妻というイメージが付きまとってきたが、離婚後のチャレンジングな活動には何度も感服させられた。

「めぐりあう時間たち」(02年)では付け鼻で変身。製作・主演の「ラビット・ホール」(10年)では複雑な母性を醸し出した。そして「LION」(16年)の寛大な愛…挙げればきりがない。

53歳になった彼女が「ストレイ・ドッグ」(10月23日公開)で演じたのは刑事役。それも酒に溺れ、私生活もボロボロのくたびれきったベテランという設定だ。

冒頭で披露する特殊メークの「老け顔」。そのすさみきった表情に驚かされる。1度でも美女と呼ばれたことのある日本の同年代の女優が同様のオファーを受けたら、誰もが二の足を踏みそうなリアルな汚れっぷりである。

17年前の潜入捜査の失敗が、この刑事の生活が荒れてしまった原因で、映画は過去と現在の物語をからませながら進行する。

現在パートでは同僚や別れた夫、16歳の1人娘にも疎まれる存在。一方の過去パートではロサンゼルス市警のばりばりの若手として、FBIの捜査官とカップルに扮(ふん)してギャング組織に潜入。街の暗部を舞台にしながら「20代」らしい輝きものぞかせる。

過去パートのツヤツヤした感じを演じてもちっとも違和感のないところがまたすごいのだ。

2つのパートをつなぐのが逃走を続けるギャング団のボスで、銀行強盗で得た大金を使い果たした彼が17年ぶりに動きだしたことで、女性刑事は17年前の悲劇に向き合わざるを得なくなる。今度こそボスを捕らえることはできるのか。

メガホンは日系人監督のカリン・クサマ。低予算のサスペンス「インビテーション」で注目された人で、今回はヒロインの心情に踏み込んだ脚本がキッドマンの心をとらえた。

疎遠になっている16歳の娘への諦めない母性愛。潜入期間中に倫理観を突き抜けたパートナーへの愛…。汚れたヒロインのどうしようもない「業」のようなものが伝わってくる。

一方で、ロサンゼルスをオールロケした背景も印象的だ。乾ききった空気、全体の薄茶のトーンにキッドマンの革ジャンのテカりとジーンズのブルーが映える。

振り返れば「ヒート」(95年)「ドライブ」(11年)。ロサンゼルスを舞台にした犯罪映画にまた1本名作が加わった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)