歌集「滑走路」と32歳で亡くなった著者の萩原慎一郎さんのことを記憶している人は少なくないはずだ。

一昨年の発売時には多くのメディアが取り上げ、自費出版が当たり前の短歌集としては異例のヒットとなった。

「非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている」

「癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ」

「今日という日を懸命に生きてゆく蟻であっても僕であっても」

「きみのため用意されたる滑走路 きみは翼を手にすればいい」

萩原さんは中学高校時代に遭った過酷ないじめを起因とする精神的な不調に悩まされながらも早大の通信制を卒業。アルバイトや契約社員として働きながら短歌を読み続けた。どの歌も痛々しいまでに心中を吐露しながら、優しく、温かい。

歌集の後書きを入稿後、出版を待たずに命を絶った萩原さんは、どんな形の映像化を望むだろうか。映画「滑走路」(11月20日公開)は、「ノラ」「キュクロプス」などの自主製作作品で多くの映画賞を得てきた大庭功睦監督と「ストロボ・エッジ」「OVER DRIVE」などで知られる脚本家の桑村さや香さんが、萩原さんと歌集に思いを巡らしながら作り上げた。

厚労省の若手官僚・鷹野(浅香航大)は、過酷な現実と理想のはざまで悩み、激務に耐えながら心療内科に通っている。そんな中、NPO団体のリストにあった派遣社員の青年のことが頭から離れなくなる。自分と同じ25歳で自死した彼の顔には見覚えがあった。

30代後半に差しかかった切り絵作家の翠(水川あさみ)は、出産を巡って夫の美術教師との間に距離を感じ、作家としての将来に不安を感じていた。

幼なじみの裕翔(池田優斗)を助けたことでいじめの標的となってしまった中学2年の学級委員長(寄川歌太)は、シングルマザーの母(坂井真紀)に心配をかけまいと、そのことが話せない。1枚の絵をきっかけにした同級生の女子、天野(木下渓)とのささやかな交流だけが救いだった。

この3つのエピソードには年代的な仕掛けがあって、やがてひとつの物語に紡がれる。どのパートも痛々しいが、それぞれにかすかな救いがあり、1本につながったときに胸の奥に温かいものを感じさせる。

学級委員長が夢見たパイロットは映画、そして歌集のタイトルを象徴し、舞台となる成田ならではのごう音と振動が効果的に使われている。

水川、浅香は作品を貫く悲しいトーンに寄り添う好演。中学生の3人のみずみずしさもこれに見事に重なり、つながっている。つらいエピソードの連続に重くなった心をラストシーンが晴らしてくれる。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)