米ジョージア州で成立した胎児の心音が認められた時点からの中絶を禁止する法案が、ハリウッドの映画産業に大きな波紋を広げています。通称ハートビート法案と呼ばれる新たな中絶規制法は、多くの女性がまだ妊娠を自覚していない妊娠6週目頃からが対象となるため事実上の中絶禁止法だとして全米各地で反発の声が上がる中、ハリウッドの映画スタジオが同地での映画やドラマの撮影を取りやめる方針を次々と打ち出したのです。動画配信大手Netflixとウォルト・ディズニーは、共にこの法案が施行されれば今後は同地での撮影を行わない意向を示したのに続き、メディア・娯楽大手のNBCユニバーサルとワーナー・メディア、映画スタジオ大手ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントも同様に今後の撮影を再考する立場を示したことで、経済や雇用への影響が懸念されています。

ジョージア州は近年、豊かな自然と広大な土地がある立地を生かして最大30%の税額控除を認めるなど税制面での優遇策を打ち出して積極的にハリウッド映画の誘致を行ってきました。2014年には「007」シリーズや「ハリー・ポッター」シリーズの撮影スタジオとして知られる英国の名門パイウッド・スタジオが、18のサウンドステージを擁する新スタジオをオープンさせたことでさらに需要が伸び、昨年は455本の作品が同州で撮影されたといわれています。その中にはディズニーの大ヒット公開中の映画「アベンジャーズ/エンドゲーム」や「ブラックパンサー」(18年)などの大作やNetflixのドラマ「オーザクへようこそ」や「欲望は止まらない!」なども含まれており、同州において映画やドラマの撮影は今では農業と並ぶ2大産業にまで成長しており、昨年だけで9万2000人の雇用を創出したと伝えられています。その経済効果は90億ドル超えといわれるだけに、各スタジオのボイコットは経済に大きな打撃を与えることは免れません。

ハリウッドがなぜこれほどまでに敏感にこの問題に反応しているかというと、ジョージア州以外にも今年に入ってからアラバマ州やケンタッキー州、ミズーリ州など約10の州で相次いで同様の法案が成立しており、その多くがレイプや近親相姦など性暴力を受けた場合でも原則中絶を禁止し、手術を行った医師も罰則の対象になるなど人工中絶を厳しく規制していることにあります。レディー・ガガはアラバマ州で中絶手術を行った医師が最大で禁固99年の刑が科せられることについて、「強姦者よりも重い罰則なんて馬鹿げている」と批判し、エマ・ワトソンも同様の法案が原因でアイルランドで敗血症性流産の恐れがあった女性が中絶手術を受けられずに亡くなったことを引き合いに妊婦の権利を奪うものだとSNSに投稿。他にもウーピー・ゴールドバーグやリアーナ、クリス・エバンスら多くのスターがSNSを通じて反対の立場を明確にしています。

セクハラ撲滅運動が広がって以降、ハリウッドでは女性の社会的地位の向上や弱い立場にある女性を支援する動きが活発化しており、今回もセクハラを告白する#MeToo同様に#youknowmeのハッシュタグで自らの中絶経験を告白する女性が増えており、アラバマ州で法案が成立した直後にはミラ・ジョボビッチやアシュレイ・ジャッドらもSNSで自らの中絶体験を明かして法案成立を批判。さらに女優アリッサ・ミラノが率いるグループはジョージア州での撮影をボイコットしようと呼び掛けており、ウォルト・ディズニー・カンパニーのボブ・アイガーCEOは「法案が執行された場合、撮影を続行するのは難しいだろう。(映画製作に関わる)多くの人がそこで働きたくないと思う」とコメント。法廷係争によって覆されなければ中絶禁止法が執行される来年1月以降は、撮影が困難になるとの考えを示しています。

すでにAmazon製作の新作ドラマ「パワー」を手掛けるリード・モラーノ監督は同州で撮影しないことを決め、ロケハンをキャンセルしたと伝えられている他、2010年の放送開始以来同州で撮影してきたAMC局のドラマ「ウォーキング・デッド」もシーズン10となる新シリーズの撮影を撤退する可能性を示唆。今後も同様に撮影を取りやめるプロジェクトが増えると予想される一方、多くの失業者を生み出すことになるボイコットには否定的な意見もあり、HBOのドラマ「ラヴクラフト・カントリー」を手掛けるジョーダン・ピール監督とJ・J・エイブラムス監督は中絶規制法に反対する団体に寄付を行う代わりに同州での撮影は予定通り行うことを表明しています。トランプ政権は人工中絶に厳しい政策をとっているだけに、今後他の州でも規制強化の動きが活発化する可能性もあり、ハリウッドのボイコットの行方に注目が集まっています。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)