人間国宝でもある落語家柳家小三治(77)の高座からの「アルツハイマー」発言には驚いた。頸椎(けいつい)の手術のため8月下旬から9月中旬まで休むという小三治本人に、状況などを詳しく聞くために、東京・池袋演芸場に足を運んだ。

 小三治がトリとあって、小さな演芸場はファンでいっぱいだった。午後4時、トリで登場した小三治がマクラで切り出した。「皆さんに発表してなかったかもしれませんけど、新しい病気が発見されたのは、今年になってからでしたかね…。何て言いましたっけね? 忘れたな…」と、ちょっと間が空くと、客席から「アルツハイマー?」と声がかかると、「ああ、アルツハイマー」とさらりと明かした。

 アルツハイマーと言えば、認知症の一種だけに、客席から「えーっ」と驚きの声が上がった。小三治は「この年になれば、いっぱいいるんだって、世間には。だいたいこんな時間(午後4時)にこんな大勢、寄席にいるなんて、まともな人じゃ、来ない」と笑いを誘い、「そんなこと、驚くことねえって言われて、驚いてもないんですけど」と淡々と話した。

 ただ、30分におよぶ長いマクラの中で、何度も名前や言葉が出てこない場面があった。「お札の人」と言って、客席から「岩倉具視」と助けられたり、安倍首相の名前も出てくるのに時間がかかった。「こういう風になっちゃうんだね。いいときはスッスッと出てくるんですけど、一遍ダメだなってところに落ち込むと、もうダメ。はっきり言って、今日はダメ!」と苦笑いした。

 ただ、マクラに続いて演じた「小言念仏」はよどみなく、面白かった。小三治の得意な噺で、念仏しながら、いろいろな小言を繰り出すおかしさに、客席に笑いがはじけた。15分ほどの短い噺だが、言い間違いや言いよどむことはなかった。高座を終えた小三治に聞くと、「今年に入ってから、アルツハイマーかもしれないと言われた」と、病院での検査でアルツハイマーの疑いがあると診断されたという。付き添った関係者は「病名をはっきり言われているわけではない。年を取ってくると物忘れがひどくなるので、そこに対する治療をしている」と明かした。

 完全主義者でもあった8代目桂文楽は「大仏餅」で、登場人物の名前が出てこず、「勉強し直してまいります」と言って高座を下り、その後、再び高座に上がることなく、亡くなった。小三治なら、たとえ噺の途中で名前が出てこなくとも、うまくごまかすなり、笑いに転化するだろう。そんな自在さが小三治にはある。【林尚之】