歌舞伎座で上演中の三谷幸喜作・演出の三谷かぶき「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち」が面白い。これまで野田秀樹、渡辺えり、宮藤官九郎らが歌舞伎に取り組んできたが、三谷かぶきは、笑いもたっぷりで、泣かせる場面も外さない。観客を楽しませるエンターテインメントに徹しつつ、歌舞伎へのリスペクトにあふれている。

1つは、歌舞伎界の大ベテランの市川寿猿と坂東竹三郎が一緒に登場する場面。ロシア宮廷の場で、秘書官役の寿猿は「沢潟(おもだか)屋」最長老の89歳、女官役の竹三郎も女形最長老の86歳。劇中でも「2人合わせて175歳」と紹介され、大きな拍手を受けていた。

そして、松本幸四郎ふんする大黒屋光太夫らがイルクーツクを目指して犬ぞりでシベリアの雪原を滑走する場面。歌舞伎では「伽羅先代萩」で鼠、「車引」で牛、「傾城反魂香」で虎、「五段目」で猪、そして「一谷嫩軍記」「実盛物語」で馬など、動物が活躍する。歌舞伎ほど動物が活躍する舞台はないけれど、三谷かぶきでも、片岡愛之助の弟子の愛一朗ら着ぐるみ姿の11匹の犬たち(たぶんシベリアンハスキー)が大活躍。あまりの過酷さに、犬たちが1匹ずつ脱落していく様が何ともけなげ。最後の1匹も倒れ、もはやこれまでと絶望した光太夫の目前にイルクーツクの街が見えてくる。

メインだけでなく、脇の俳優にも光を当てている。市川染五郎ふんする磯吉と恋仲になるアグリッピーナを市川高麗蔵が演じているが、これがどう見ても、イケメンの若い磯吉と恋仲になるような女性ではない。染五郎の父でもある幸四郎・光太夫が「あれは中の下」と何回も叫ぶのがおかしさを増幅している。そして、もうけ役だったのが何ごとにもマイペースで、周囲を冷や冷やさせる小市役の市川男女蔵。光太夫、磯吉とともに日本に帰る船に乗り込むが、日本に着く直前に病気となり、意識がもうろうとした中で、幻想の富士山を見ながら命を落とす。切ない場面だ。そのほか、乏しい食材ゆえに自らの食事を削って仲間のために料理を作る食事係与惣松の中村種之助ら若手たちの好演も光った。

ロシア宮廷の場も、松本白鸚のポチョムキンが圧巻。再演を重ねる舞台「アマデウス」のサリエリを思わせるし、市川猿之助のエカテリーナ女王も、かつて蜷川幸雄演出のシェークスピア劇「じゃじゃ馬ならし」で女性を演じた経験が生きている。出演する1人1人のニンをしっかりとつかみ、しどころを用意するのは、三谷ならでは。歌舞伎座での「三谷丸」の船出は遭難することもなく、順風満帆だった。【林尚之】