野田秀樹氏(64)作・演出の舞台「赤鬼」が今月24日から、野田氏が芸術監督を務める東京・池袋の東京芸術劇場で上演されることになった。

野田氏が次世代の演劇人の発掘・育成を目指して募集し、オーディションを経て昨年からワークショップを重ねてきた「東京演劇道場」の道場生約60人が4チームに分かれて出演する。「赤鬼」は96年に初演された作品で、ある漁村に赤鬼が漂着し、閉じられた社会が異物の存在に揺り動かされる様子を描いている。

この作品は、新型コロナウイルスの影響で「自粛」を求める現在と、見事に重なっている。今回の上演について、野田氏は言う。「見えないものを怖がり出すと、見えないだけに、その『恐怖心』はなかなか拭い去れない。そして、自粛したままなら良いのだが、その『見えない』ものに耐えきれず、時に『精神』は暴発する。向かう先は『他者』である」と。

さらに続ける。「この『赤鬼』はまさにその『精神の暴発』を描いている。別の言葉で言えば、『偏見』であり『差別』である、そして『差別』は、今の言葉で言うなら、まさに人と人との『距離』の問題でもある。というわけで、この『赤鬼』は運悪くタイムリーなものになってしまった」。

「赤鬼」はロンドン、韓国など海外で上演され、日本でもタイ人キャストで上演されたこともあった。日本での上演は実に17年ぶりとなる。野田氏は2月下旬、政府の突然の自粛要請で舞台の公演中止が始まった時に、いち早く「一演劇人として劇場公演の継続を望む」との意見書を発表。「ひとたび劇場が閉鎖した場合、再開が困難になるおそれがあり、それは『演劇の死』を意味しかねません」との危機感を公にした。

日本では、ようやく演劇が再開し始めたが、ブロードウェー、ロンドン・ウエストエンドでは年内は劇場閉鎖が続き、再開は来年になる予定で、まさに「演劇の死」が続いている。「運悪くタイムリーになった」と嘆く野田氏は最後にこう締めくくっている。「けれど、この時節だからこそ、やる価値も、見る価値もある作品に仕上がってしまった。そう信じて疑わない。『表現』は恐怖心とはまた別の、人間が誇るべき『精神の暴発』だからである」。演劇の力を信じる野田氏の舞台を、再び見ることができる。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)