NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が初回視聴率19・1%で好発進しました。「おんな城主直虎」(17年)以来の戦国モノで、やはり戦国大河は鉄板という印象です。斬新な解釈と最先端の映像技術で“戦う明智光秀”像を打ち出した池端俊策ワールドが魅力的なこと。作家性でぐいぐい描く大河ドラマの王道をわくわくと見ました。

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なんといっても、まずは明智光秀のキャラクターですよね。実務派の知将として「静」のイメージで描かれることが多い人物だけに、冒頭3分間の戦闘シーンに息をのみました。

米の収穫を迎えた美しい領地を野盗に襲われ、明智一党を指揮して応戦。「何度戦えばここを守れる!」。弓を射り、敵をザクザク斬りながら必死に走る20歳の疾走感に、この人も土地と民のために戦う根っからの武士なのだと思い知らされます。子役時代からのんびりと話を起こすホームドラマみたいな大河が多くなった中、ド頭から「この主人公についてこい」と刀の時代に引きずり込む作風もさっそうとしています。

陰陽で言えば、完全に陽なのも新鮮。問題点に気付くと即行動する性格や、悪いことをした日の帰宅の仕方など、きまじめな人の人間味を長谷川博己さんが生き生きと見せてくれます。備わっている品格が、身分は低いが名門の血、という光秀の武力、知力によく合うのです。

1話の副題は「光秀、西へ」。「ウルトラ警備隊西へ」みたいで笑えますが、鉄砲を調達するため、美濃→琵琶湖→堺→京と旅をする大胆な序章でした。宿屋で情報を得る、船に乗る、着いた町で武器ゲットというRGPな展開は、40歳くらいまで何をしていたか分からない人物だから描ける冒険譚(たん)ですよね。人の懐に入る天性のキャラクターがよく分かり、琵琶湖の重要性、堺の大都会ぶり、荒廃した京都のありさまなど、主人公とともに知ることができる脚本の手際を感じます。

個人的には、戦国の要注意人物、松永久秀(吉田鋼太郎)と堺ですでに会っていたという物語性がツボ。数字に強いが酒には弱い光秀の危なっかしさと、うさん臭いサンタクロースみたいな久秀の一晩がハートフルに描かれ、この出会いが後にどう火を噴くのか楽しみなところです。

「麒麟」は、いくさのない世の中を作れる人が連れてくる霊獣。京で出会った娘、駒(門脇麦)から、「大きな手の人」のキーワードとともに教わります。自らはその人ではないとしながらも「旅をしてよく分かりました。どこにも麒麟はいない」。光秀のこれからは、麒麟を連れてくる「誰か」を探す旅なのですね。まだ何者でもないこの青年が、どんな旅の末に本能寺に行き着くのか、本当にわくわくします。

完全に標準語ベースなのでせりふが聞きやすく、何かのジャンルの予備知識も不要。映像が暗かったり煙かったりしないので画面も見やすい。小難しくしない間口の広さに、70~80年代の大河黄金期のDNAも感じます。農民の服まで原色であふれるカラフルな世界観が賛否を集めてもいますが、絵巻のようなエンタメ性があって、この作品には合っていると思います。2話は早くも斎藤軍VS織田軍の人間模様。見たことのない光秀像でエンターテインメントのど真ん中をいく戦国大河を、もう絶対最後まで見ます。【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)