平成芸能を振り返る連載のため、テレビ東京系バラエティー「TVチャンピオン」の初代ディレクターで、のちのチーフプロデューサー、現テレビ東京制作社長の多田暁氏(62)に話を聞いた。

1992年(平4)の放送開始から番組に関わり続けるだけに、エピソードには事欠かない。紙面には載せられなかったが、こんな思い出話を語ってくれた。ある放送回の最終決戦で、1人の審査員が持ち点を誤って投票してしまったことがあったという。

「例えば、総得点が200点にならないといけなかったのが、Aさんが82点、Bさんが40点、Cさんが82点だった。AさんとCさんが同点になって、現場は『決選投票だ!』って盛り上がってしまった。総得点がおかしいことに気づかなかった」

その後5人の審査員による決選投票で勝者を決定し、その日の収録を終えたという。

「その段階で誰も気付いていなくて、負けた方のCさんの関係者から『点数、おかしくないですか?』って。真っ青になって」

決勝戦のやり直しも考えたが、Aさんからはミスを認め潔く放送すべきと諭されたという。

「Aさんの言うことがもっともですよね。当時、(柔道の)篠原とドゥイエが(シドニー)オリンピックで、篠原が確実に投げたのにドゥイエが1本になってしまったなんてこともあった。だから『結果的な流れで審査員が間違えられたかもしれないけど、決選投票で私が勝ったんだから、それはそのまま放送すればいいんじゃないですか、ミスを認めて』とおっしゃられて」

実際の放送では、包み隠さず、ありのままを流した。

「放送ではリポーターが『決選投票だ!』って言うじゃないですか。そこでいったんスタジオに降りて、(司会の)アッコちゃん(松本明子)と(田中)義剛さんに『ここで皆さんご覧ください』ってやってもらったんです。『実は審査員が1人持ち点を間違えられて、スタッフがそれに気付かずにロケは進行して、チャンピオンが決定しました。それでは続きをどうぞ』ってやったんですね」

反響は大きかったという。

「当時まだSNSはありませんでしたが、(インターネット掲示板)2ちゃんねるを見たら大絶賛でしたね。『バカ正直にもほどがあるけど、とってもいい』って。割と称賛されました。番組としては恥ずかしいですし、編成にもごめんなさいってしましたけど。いろいろトラブルはありましたが、正直に言った方がいいなと感じたことの1つでしたね」

ここまで素直になられては、見ている側も文句を言う気分にはならないだろう。当事者は肝を冷やしたと思うが、誠実な対応に感心するとともに、思わずちょっと笑ってしまった。【遠藤尚子】