300万円で製作されたインディーズ映画ながら、興行収入31億円超と日本映画史に残るヒットを記録した18年の映画「カメラを止めるな!」の公開から1年。上田慎一郎監督(35)の、待望の新作が立て続けに公開される。まずは16日に、「カメ止め」で助監督を務めた中泉裕矢監督(39)とスチール担当の浅沼直也氏(34)と共同監督を務めた「イソップの思うツボ」が公開された。さらに長編第2弾「スペシャルアクターズ」が10月18日に公開される。上田監督が日刊スポーツの取材に応じ、近況と今後を語った。第2回は「『スペシャルアクターズ』の製作で感じた、インディーズとメジャーにおける映画製作の違い」

【取材・構成=村上幸将】

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上田監督にとって、「スペシャルアクターズ」の製作は、また新たな挑戦だった。これまでインディーズ映画を作り続けてきたが「スペシャルアクターズ」は大手映画会社の松竹が、作り手の作家性を重視した作家主義と俳優発掘を念頭に13年から始動した、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画プロジェクト第7弾として製作。「カメ止め」とは初手の作り方から違いがあったという。

上田監督「カメ止め」は、オーディション前からプロットがストックとしてあったんですけど、「スペシャルアクターズ」は、俳優のワークショップが終わってから、みんなと一緒に企画会議をして作った企画。完全無欠のオリジナルなので、大変でしたね。脚本の2稿が上がるまで、余裕は全くなかったです。2稿が出来た時に、これ、面白くなるぞっていう手応えをつかめて、そこから結構、精神的に楽しい方になってきましたけどね。そこまでは苦しいしかなかったです。

撮影日数にも、大きな違いがあった。

上田監督 短編は結構、短い撮影期間で終わり、「カメ止め」は8日間、「イソップの思うツボ」は9日間だったんですが、今回は撮影期間が実質、16日…。時間、すっごいあるじゃんと思ったら全然、なかったですね。初めて撮りこぼしたりしました。インディーズ体制と商業(メジャーの映画会社の)体制の、違いを学びましたね。

撮影現場においても、違いを感じたという。

上田監督 やっぱり、関わっている人数が多ければ多いほど、撮影のスピードは多少、テンポが落ちざるを得ないんですよ。各部署が、しっかりとテストをして、段取りをやった上でやる。結構、途中で怒られたりもしましたね。

なぜ、怒られたのだろうか?

上田監督 インディーズとか少数体制でやっているのって、現場で柔軟に変えられる良さがあるんですけど、柔軟に変えすぎたんです。例えば昼設定でやるところを、夜やろうとか言ったんですね。現場でバンバン、変えようとしたら(製作の)幹部会議で「このままだと撮り切れないし、スタッフがついていけなくなります」と言われました。ここの会談があって良かったですね。知っているスタッフの方は「大丈夫」と言ってくれるんですけど、助監督に入ってくれた人が、大きい現場でも助監督をやっていて心配したんでしょうね。いろいろと教えてくれて、すごい学びました。

特に学んだことは、何だったのだろうか?

上田監督 監督が何をするのか、ということを学びましたね。例えばキャストは、自分がマズい芝居をした時に「もう1回、やらせてください」と言える人と、言えない人がいるじゃないですか? 監督をしていても結構(スケジュールが)押してきたり、自分がわがままを言いまくったりしていると(周囲から)「OKを出せ!」という圧力があるんですよ(苦笑い)「今のOKだろ?」「いや、メッチャ押してるし、このまま進まないと取り切れないぞ」という時に、圧力とかに負けずに「もう1回」って言えるかどうかって、すごい大きいんだなと思いましたね。つまり、僕の一声で、何百人もの人に、もう1回やらせるという、しかも有名なキャストになってきたら…ね。ここで折れるか折れないかで、変わるんだと思いましたね。バランスもありますけど…。だから、ある意味、まだまだ自分はのびしろがあるなと思いました。うれしかったですね。

「スペシャルアクターズ」の製作に取り組む最中も「イソップ-」に加え「カメラを止めるな!」のスピンオフドラマ「-スピンオフ ハリウッド大作戦!」の件など、上田監督にまつわる話題、報道は途切れなかったが、その中、上田監督は、そうした流れから自らを遠ざけていたという。そこには理由があった。

上田監督 報道は見ていましたけれど、「カメ止め」から、ちょっと距離を取ろうとはしていましたよ。イベントや舞台あいさつに行きたいんですけど、行ったら、また、そっちのモードに戻っちゃうから我慢していましたね。でも、それは多分、僕だけじゃなくて、キャストも感じていることでしょうし。いつまでも「カメ止め」にすがっていられない。次に進まないと、1年後、どうなっているか分からない…そのプレッシャーもあったんですよ。「カメ止め」のみんなに「どやっ!」と言えるものを作らないといけない。

ただ、そんな気持ちに変化が生じてきたという。

上田監督 最近は、また、ちょっと気持ちが変わりましたね。何だか「スペシャルアクターズ」に、想像以上に手応えがあるからでしょうね。これは、面白くなるぞ、と…。撮り終わった時に、こんなに手応えがあったことは今までになかったんですよ。「カメ止め」は、どういう映画になるか、撮影が終わった時に、イメージしきれていなかったですね、多分。編集で集約していったところがあるので。自分が成長したのか、どういう作品になるかイメージもできるようになってきた、というのもあるかも知れませんね。

「イソップ-」も「スペシャルアクターズ」にも、メインキャストに「カメ止め」の俳優は名を連ねていない。ただ「-ハリウッド大作戦」に出演したド・ランクザン望が「スペシャルアクターズ」に出演しており、“上田ワールド”は作品が絡み合い、世界観を広げている。

上田監督 あえて「イソップ-」も「スペシャルアクターズ」も、「カメ止め」のメンバーは(メインには)入れなかったんですよ。お互いが、もう少しお互いの道で成長した上で、もう1回やりたいな、というのがあって。「-ハリウッド大作戦」は僕が監督ではないですし、はまる役があったというのも、あるんですけど。

上田監督に、今後の方向性を聞いた

上田監督 まずは、今までは監督、編集、脚本全て自分1人でやっていたところですけど、「-ハリウッド大作戦」は脚本を自分がやって(中泉監督に)監督を任せたり。「イソップ-」は、編集は3監督ではなく1人(伊藤拓也氏)置いてやってみたり、自分以外の人に任せてみることで、あぁ…こう、面白くなるんだ、というのが結構、あったんですよ。いろいろな作り方をやってみたいなと思いますね。全部、自分1人でやる作品も、もちろん純度が高くていいと思うんですけど、いい意味で自分を揺さぶってくれる人と一緒にやって、その化学反応を楽しみたいですね。

原作を映画化する可能性も、視野に入れているのだろうか?

上田監督 そうですね。何か、ちょっといろいろな作り方…映画ということも、もちろんそうですけど、作り方、体制にチャレンジしていきたいと思いますね。とにかく、今はいい意味でドンドン作りたいと思っています。

重圧にさいなまれた日々を吐露した取材を終えた直後、上田監督は笑った。その笑顔は「カメ止め」を追い続けた日々の中で見た、ただ、ただ輝く笑みだった。そんな上田監督を、これからも追いかけていきたい。