ギニア出身タレントのオスマン・サンコンの第3夫人で演歌歌手の北山みつき(51)が、脳動脈瘤のため死を意識し「遺書を書いた」というエピソードをつづった。

北山は15日、「私の壮絶な生命の危機」のタイトルでブログを更新。左脳動脈瘤の手術を受けた約5年前の出来事を振り返った。飛行機でニューカレドニアへ向かっていたところ、これまでに経験したことがないほどの激しい頭痛に見舞われ、「走り書きで遺書を書いた。頭痛薬を飲んだが効く訳もない。寝たふりをしてひたすら時間を待った」という。現地に到着したころには頭痛は治まったが、すぐに帰国。カテーテル手術を受けたが、「途中までカテーテルを挿入したところで電源が切れた。何度電源を押しても入らなかった。カテーテルはもう抜くに抜けない状況だった」というトラブルがあり、当初は約3時間と説明を受けていた手術が約10時間におよんだことを振り返った。

その結果、退院後から仕事復帰まで半年の年月がかかり、病院側や機械のメーカーなどと弁護士を交えた話し合いの場がもたれたが、謝罪の言葉もなく、「結局麻痺もなく治ったからいいでしょう、と素っ気ない対応」を受けたという。悔しさをにじませつつも、「とにかく、私は3つの危機から生還した」と前向きに受け止め、「私はそこから、第二の人生が始まったと思っている」とつづった。