今月に入ってダイヤモンド・プリンセス号の運営会社から2通のメールが届いた。

1通は船内の消毒作業が終了したというもので、防護服に身を固めたスタッフによる入念な作業写真がそえられていた。60日間の運行休止も改めて告知された。

もう1通はこの会社の社長が顧客からの励ましの手紙を読み上げる動画メッセージだった。

プリンセス号の横浜~釜山のクルーズに参加してから3年になるが、今でもリピーターの優遇サービスを伝える情報メールが送られてくる。

行き届いたサービスは良く覚えている。一方で、このかゆいところに手が届くサービスと船内という限定空間があだとなり、たった1人の感染者から新型コロナウイルスの集団感染、そして痛ましい犠牲者まで出すことになった。ずっとスルーしていた「プリンセス・メール」に、複雑な思いで目を通すようになったのは、この集団感染が明らかになってからだ。

船内には24時間開いているビュッフェを始め、劇場、スポーツジムなどがあり、クルーズ中はパーティーやオークションなどのイベントが頻繁に開催される。今思えば「3つの密」だらけである。

清掃作業もきめ細かい。目につく金属部分はいつもピカピカだった。1週間のクルーズ中もあちこちで手すりや備品を磨くスタッフに遭遇した。清掃スタッフは船内の大部屋に常駐していたと聞く。ひとたび彼らの中に感染者が出れば、作業に熱を入れるほど、逆に感染を船中に広げてしまう可能性がある。感染発覚後の対処のどこに問題があったかは置くとして、おもてなし心の徹底がそのまま感染拡大につながる皮肉をはらんでいたことは確かだ。

事態深刻化の速度は増し、プリンセス号で起こったことはすでに過去のもののような印象さえある。が、最大級のおもてなしが最大級の危険を招いてしまうウイルス感染の残酷な側面を端的に示した出来事だったと思う。

動画メッセージで社長が読んだ手紙には、1年前にクルーズを体験した人がスタッフへの感謝の気持ちと励ましをつづり、再び船旅を楽しみたいという思いがそえられていた。クルーズを経験した1人として、その気持ちは分かる。

年配者や持病のある人、幼児のいる家族…旅行には二の足を踏みそうな人たちにお薦めしたいのが医務室まで完備したクルーズだったのだが、皮肉なことに今回の災厄で重症化リスクと背中合わせの人たちということになってしまった。

乗ってみて分かったのだが、豪華客船のイメージの半面、1日当たり1万円台の費用で参加できるツアーもある。楽しみ方がこれまでとまったく同じというわけにはいかないだろうが、素直に船旅の素晴らしさを語れる日が来ることを祈っている。