先月下旬、東京・すみだトリフォニーホールで行われた、演歌歌手五木ひろし(72)のコンサートを取材した。そして、今月初旬には、東京・浅草公会堂で開催された、五木のソーシャルディスタンスコンサート「ITSUKIモデル 弾き語りライブ」も取材した。

コロナ禍の中、歌手がコンサートを開くのはハードルが高い。それでも、俺がやらねばとの意気込みもあって、五木は、先頭を切って、コンサートを行った。

すみだトリフォニーホールは新日本フィルハーモニー交響楽団の本拠地。ということで、同楽団とのジョイント公演だった。五木いわく「オーケストラをバックに歌えることは歌手冥利(みょうり)につきる。楽しくて仕方がない。いつまでも歌っていられます」。

これ以上ないバックバンドを従え、五木らしい艶っぽい、情感あふれる歌声をホールに響かせる。客席には小泉純一郎元首相や、五木とはゴルフ仲間のプロゴルファーの青木功夫妻の姿もあった。

コロナ禍の中での開催のため、ホールに収容できるのは定員の半分だ。この日は約700人の観客が五木の歌声を楽しんだ。

心配するのは、この日の収支だ。チケットはSS席が1万1000円、S席が7700円、A席が5500円だ。その内訳はわからないが、8000円平均として700人で560万円。これはチケットの売り上げだ。発券手数料などをのぞくと、さらに売り上げは減る。

これに、ホールの使用料、コンサートの設営、当日の人件費に加え、新日本フィルのギャラもある。この日はフルオケで、楽団員の人数は50人を超える。新日本フィルは主催者でもある。コロナ禍での苦戦は芸能界と同じで、楽団員の仕事が増えればという気持ちなのだろう。この公演には特別支援に株式会社ニトリが名を連ねており、ここからは推測になるが、スポンサーのニトリの支援がなければ、収支が成り立たなかったと思われる。

このコンサートとは対照的に、「ITSUKIモデル 弾き語りライブ」は、バックバンドのメンバーは、ピアノとギターとバイオリンの3人だ。五木は「本当は私1人の弾き語りだけでやろうと思っていた」と振り返る。ただ、今回はずっと劇場公演で共演してきた坂本冬美を特別ゲストに招いたこともあり、バンドを入れたと話していた。

なるべく経費をかけず、それでもライブの質は落とさないという、新しい形のライブだ。

もっとも、日本の芸能界では、大規模なコンサートを開催してきた大手芸能事務所が、年内のコンサートの延期を発表するなど、なかなかコロナ禍前の状況には戻っていない。それでも、やはり、実際に公演を重ねていくことに意味があると思う。

五木は日刊スポーツのインタビューにこんなことを話していた。

「大変な時だからこそ、攻撃しないとダメだと思うんです。じっと耐えて収束を待ち、自粛するだけではダメ。最大限の注意を払って動こうと決めました。僕が動けば、若手歌手たちも『五木さんがやったなら』と続いてくれればいい。誰かがやらねばならないし、それなら僕が先頭を切ろうと。歌謡界で頑張ってきた分、その責任感はある。そういう役割なのかもしれません。徐々にだし、お客さんも半分の半分かもしれないけど、でもトライしよう、前進しようと思います」。

公演を開催し、新型コロナウイルスの感染者が出れば、それみたことかと、世間やネット上でたたかれる可能性が高い。ただ、どれほど感染対策をしても100%防ぐことは不可能だ。ということは、開催することはある意味ギャンブルの要素もあるが、そこは大御所の五木が先頭に立って走ることにやはり、大きな意味がある。

700人の観衆は五木にしてみれば小規模なものだ。さらに、浅草公会堂は500人だ。だが、そこには、こんな時期だからこそと思う、演者と観客の強い結び付きがある。そして、配信も便利なツールではあるが、やはり生の音は、生の声はいい。

そして、フルオーケストラをバックのライブも壮大だが、弾き語りでの五木の歌声もまた格別だ。個人的な感想で恐縮だが、ギターを弾き語りながらの歌声の方が、曲によりのめり込むことができた。【竹村章】