麻央さん「愛してる」残し逝く 海老蔵涙止まらず

亡くなった妻の麻央さんについて会見し、流れる涙を手で押さえる市川海老蔵(撮影・狩俣裕三)

 乳がん闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日夜、都内の自宅で死去した。34歳だった。夫で歌舞伎俳優市川海老蔵(39)は23日、都内で会見を行い、麻央さんの最期の様子を明かした。麻央さんの最期の言葉が「愛してる」だったと語ると、涙が止まらなかった。闘病は2年8カ月に及んだ。葬儀、告別式は家族葬で執り行う。

 海老蔵は東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演中の自主公演「ABKAI」の、昼の部と夜の部の間に会見に応じた。黒のスーツで現れた海老蔵は「昨日夜に、妻の麻央が旅立ちました」と、静かに報告した。

 気丈に振る舞ったが、朝8時前に更新したブログに「人生で一番泣いた日です」とつづった。前夜からこの日にかけて泣いたためか、目は赤く、目の下のくまが憔悴(しょうすい)の気持ちを表していた。前夜には、麻央さんの容体が急変したとの情報が流れ、都内の自宅には報道各社が駆けつけていた。

 前日22日夜、同劇場で別公演の稽古をしている時に、麻央さんの母から容体が悪いとの連絡を受け、急いで帰宅した。麻央さんは21日までは笑顔で話せていたが、亡くなった22日は呼吸が苦しそうで、もう話すことができなかった。しかし、麻央さんは最期の瞬間、海老蔵に「愛してる」と言って息を引き取った。

 思い返しながら語るうち、海老蔵の目から涙がこぼれた。海老蔵は「泣いちゃいますよね。そのひと言を言って、そのまま旅立ちました。彼女が『る』と言ったかどうか分からないくらい。こんなに愛されていたのは分かっていたんですけど、最後の最後まで愛してくれていた」。両手でほおをぬぐったが、次から次へと涙があふれてきた。

 麻央さんを「自分を変えてくれた奥さん」と表現した海老蔵。どんな状況でも相手を思いやる麻央さんの気持ちは、家族だけでなく、同じ病で苦しむ人にも向けられた。ブログで思いを共有し、元気になったら自分の経験を役に立てたいという思いで闘病した。海老蔵は「すごい人。総合的に教わったことは愛」と、ただただ尊敬の念を抱いた。

 愛を教えてくれた大切な人には、幸せで長く生きてほしかった。海老蔵は「できればずっと一緒にいて、私の方が先に逝って、彼女にはもっと幸せに、もっと楽しく、私は役者として成長していく過程を見守ってほしかった」と語った。

 2人は7年前に結婚した。海老蔵のプロポーズの言葉は「来世も再来世も一緒にいよう」だった。海老蔵は「そのつもりでいます。僕が愛想を尽かされないように頑張らないと」と語った。少しでも前向きな言葉が出たのは、長女麗禾(れいか)ちゃん(5)長男勸玄(かんげん)くん(4)の様子を見たからでもあった。2人とも麻央さんの最期を見守り、亡くなった後も麻央さんの顔や足を触ったり、手を握るなどしていたという。海老蔵は「これから母親が重要な存在になる(時期)。代わりはできないけど、できる限りやっていきたい」と誓った。