「ヒデキ還暦!って言います」/09年インタビュー

「日曜日のヒーロー」登場の西城秀樹さん。誕生日には「ヒデキ、還暦〜」とピースサインをしたいと陽気にポーズをとる(09年4月撮影)

 16日に63歳で亡くなった西城秀樹さん。脳梗塞を患った後の09年5月3日掲載「日曜日のヒーロー」の中で、歌への情熱や家族への愛を語っていた。

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 歌手西城秀樹が、新たな存在感を見せている。NHK朝の連続テレビ小説「つばさ」で、怪しくも純情な男・斎藤浩徳役を好演。NHK教育の園芸番組では、畑で鍬(くわ)を持つ。情熱的な歌唱とパフォーマンスで内外の女性ファンを魅了した西城も、54歳。6年前に患った脳梗塞(こうそく)を克服し「普通」であることの素晴らしさを悟った男の、肩ひじ張らない生きざまきが、今の魅力をはぐくんでいる。

 「つばさ」で、斎藤興業社長・斎藤浩徳を演じる。真っ黒なサングラス、ロン毛、ドスのきいた口調…。怪しい役どころだ。「斎藤のキャラクターをどうするか。3カ月ぐらい前から結構悩んで、スタッフとも相談しました。見かけはこわもてなんだけど、おとこ気があって熱い心を持つ、本当はいい人の役柄。西城秀樹のイメージを変えようと最初から思っていたので、思い切って『ヒーロー像』を壊したのは、自分でも正解だったと思います」。

 怪しい役柄だが、もっと怪しいのは「斎藤」のはずなのに、所々に「ヒデキ」本人が顔を出すのだ。虚実ないまぜの演出でも視聴者を引き込む。

 斎藤興業の神棚には、リンゴとはちみつが置かれている。かつて出演していた「バーモントカレー」のCMを思い出させる。会社内に飾ってあるブーメランは、ヒット曲「ブーメランストリート」から。接客用に置いてあるワインのラベルに描かれた顔は西城秀樹そのもの。“分かる人には分かる”という小道具があちこちに登場する。

 「面白いでしょ。監督もスタッフも楽しんでやっている。最初のセットでは、郷ひろみと野口五郎の写真集もあったんですよ。さすがに『これはやり過ぎです』と言ったら、スタッフが残念そうに片付けましたね。酒とたばこの代わりに、ミルクとチュッパチャプス(棒付きキャンディー)を口にするようにしたのは僕のアイデア。やはり朝はさわやかでないとね」。

 コメディーを軸にしながらも、人間の心の傷や痛み、きずななどシリアスなテーマも織りこんでいる。このテイストは、平均視聴率31・3%を記録したTBS系ドラマ「寺内貫太郎一家」(74年)をほうふつとさせる。西城にとって初のレギュラードラマだった。深刻なテーマを扱うからこそ笑いを必要としている点で、両者は似ている。斎藤も拝金主義者だが、根は純情。西城ありきの役柄といえる。

 「僕の口からは何とも言えないけど、確かにセットは似ているかな(笑い)。『寺内-』演出家の故久世光彦さんは、コメディーの中に人間の本質や家族愛を描こうとしていたんですよね。『つばさ』も主人公の世代や演出は平成だけど、人間関係は昭和的なものが基盤。今の時代に忘れ去られてしまったような、アナログ的な人のつながりを描いています」。

 「つばさ」では、明日4日から、斎藤を中心にストーリーが展開する。斎藤とつばさの母加乃子(高畑淳子)はかつて「激しい恋」に落ちた恋人同士。20歳ごろに駆け落ちをしようとしていたことが判明する。「もしかして、私の父は斎藤さんなの?」と、つばさが思い悩む。

 「ぜひとも、多くの人に見てほしいですね。子供はどう育てるべきなのか。子育て世代の人には特に。しっかりと育てすぎてもいけないんだなと勉強にもなりますよ」。

 異色の存在感は朝ドラだけでない。NHK教育「趣味の園芸 やさいの時間」(日曜午前8時)にレギュラー出演し、農作業に初挑戦。マイクを鍬に持ち替え、園芸の素晴らしさを伝える。「もともとモダンアートに興味があって、野菜や果物を花の代わりに飾ってきました。だから野菜には詳しいんです。それと、最近の食の安全の問題もあって、子どもたちに安心して口にして欲しいから、やってみようかなと」。

 西城秀樹が畑で鍬を持つ-。「そのイメージは自分の中にもなかった」と語るが、斎藤の役作りと同様に、違和感のないよう入念な準備と細工をしている。

 「農作業をおしゃれでかわいくてきれいというイメージにしたい。そうしてできた野菜を食べておいしいとなればもっと多くの人が園芸にはまるでしょ」。ファッションにこだわり、鍬やカマなどの農具をカラフルに色づけした。「ブルースカイブルー」のヒット曲をモチーフに、ブルーで統一した。かつて、蹴り上げたりグルグル回せる軽量スタンドマイクや、ペンライトを、西城が日本で最初に取り入れた。ところが、いずれも翌年には商魂たくましいメーカーが製作し始めてしまったという。その苦い経験から「『西城さんが最初でしたね』だけで終わるのではなく、いつまでも『あれは西城モデルですよね』と言われたい。色を付ける発想は僕が最初ですから」。農業グッズのカラーコーディネートを商標登録したい意向も明かした。

 番組のテーマソング「ベジタブルワンダフル」も歌っている。歌詞に野菜の名前がたくさん登場し、幼稚園などから「CDで発売してほしい」との声がNHKに相次いでいるという。「曲は4番まであるけど、うちの子供たちも全部覚えちゃった。もし(NHKさんが)CD発売するのなら、ご自由にどうぞという気持ちです」。

 本業の歌手活動にも、心境の変化が表れている。年内の発売を想定し、ヒット曲の数々の“最後”のセルフカバーアルバムの制作に取りかかるという。

 「もちろん今後もライブでは歌いますし、新曲も出しますよ。でも、セルフカバーとしては最後のアルバムにするつもり。今が一番声につやがある。だからこそ今、歌いたい。ただ焼き直すのは嫌。若いころはひたすら熱かったけど、今度は聞きやすいアレンジにします。バラード曲ならギターやピアノだけ。そういうイメージにしたい」。

 斎藤の“怪演”や園芸での新境地、最後のセルフカバーなど、西城の新たな挑戦は「普通」の素晴らしさに気付いたことから醸し出されている。

 48歳の時、脳梗塞で倒れた。後遺症からうつ病になり、一時は本気で引退を考えたが、家族のために、子どものためにと懸命にリハビリを続けた。3歩進んで2歩下がる日々も、1歩は確実によくなっていると信じた。「このポジションから脱出したい、まずはもう1回歌いたい。それが目標だった。一時はコップを持つことさえできなかったのが、今では普通に持てる。普通に動くはずが、動かなくなって…。『普通』って本当に素晴らしく、黄金色に輝くぜいたくなこと。そう気付かされました」。

 初めて死を意識して人生観が変わった。命には限りがある。そんな当たり前のことを再認識できた。「終止符を打つまでは人生を楽しみたい。自分だけでなく、周囲のみんなを楽しませたい。一生懸命という言葉はあまり好きじゃなかったけど、一生懸命に、今できることをやっていきたい」の思いが強まった。

 病気をしてから、アブラムシを見つけても、新聞紙に包んで家の外に逃がしてやるようになった。「命あるものへの考えが変わりました。格好良く言えば『病気よ、ありがとう』です。ただ、病気のおかげで多くのことに気付くことができたけど、できれば病気しないで気付きたかった(笑い)」。

 17歳で歌手デビューし、今54歳。人生の折り返し点を過ぎた。「上手に(人生の)葉の色が、秋色に染まってきているかなと思う。季節でいうと、初秋。真っ赤でもないし、青色も残っている。人間でいうと、かわいい大人。どこかに青さが残っている。秋色に染まってはいるけど、熟したまではいかない。まだ進行形なんです。そんな今の存在をロマンチックに楽しんでいます」。

 60歳になった自分を想像してください、とたずねると「もちろん、ヒデキ、還暦! って言いますよ」と大笑いした。