桂文枝「まるで芸の戦士のよう」/桂歌丸さん悼む

桂文枝(2016年12月17日撮影)

 酸素吸入期を着けながら高座に上がり続け、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため、81歳で亡くなった桂歌丸さんを敬愛していた上方落語の6代桂文枝(74)は2日夜、歌丸さんを「まるで芸の戦士」としのび、コメントを寄せた。

 入退院を繰り返しながらも、亡くなる前日まで仕事をしていた歌丸さんの訃報に、文枝は「信じがたいものがありました」「つねに不死鳥のようによみがえってこられましたから、このたびの入院後も、また高座に復帰されると信じておりました」と率直な感想を述べた。

 晩年、酸素吸入期が手放せなくなっても、高座活動は続けていた歌丸さんだが、出番の前には、いったん幕を下ろして、準備をしてから客前に姿を見せるようになっていた。

 これを、文枝は「いつからか、幕を下ろして、スタンバイされるように(なり)」「師匠はとても不本意に思っておられました」と代弁。あるとき、歌丸さんは「はなし家なら出ばやしにのって出て行きたい」「酸素ボンベをかついででもと思っても、重たいんだよ」と苦笑しながら話したことがあったという。

 文枝は「どんなにつらい時でも、周りに気を使わせまいと、笑いにして下さいました」と振り返った。

 文枝の独演会には何度も駆けつけ、出演。約束を違えることはなかった。

 「最後の最後まで、現役であり続けた師匠」「酸素ボンベを後ろに置いてまで、落語を演じたはなし家は、後にも先にも師匠しか知りません」「まるで芸の戦士のように」などと、文枝は、歌丸さんへありったけの思いを吐露。

 「最後まではっきり、しっかりとした口調で、芸人の最期はいろいろあろうかと思いますが、誰もまねのできない、不屈の精神、見事なはなし家人生であり、我々にお手本を示していただきました」と感謝。「師匠に出会えたことが、私には宝物です」としのんでいた。