ドラマ「この世界の片隅に」は原作守り挑戦した結晶

TBS系日曜劇場「この世界の片隅に」の1シーン(C)TBS

 TBS系で15日から日曜劇場「この世界の片隅に」(日曜午後9時。初回は25分拡大)がスタートする。累計発行部数130万部を突破した、こうの史代氏原作の漫画を実写ドラマ化したもので、ヒロインの北條(浦野)すずを松本穂香(21)、すずの夫北條周作を松坂桃李(29)が演じる。第1話の放送まで1日を切った中、一足先に見た記者が、見どころを紹介する。【村上幸将】

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 「この世界の片隅に」は、太平洋戦争下の不安定な時代の中、広島県の江波から呉市に嫁いだすずが、嫁ぎ先の北條家で暮らす、かけがえのない日々を描いた物語…その固定観念が冒頭から吹っ飛んだ。ドラマが、2018年夏から始まったからである。

 栄倉奈々演じる近江佳代が、古舘佑太郎演じる江口浩輔と車で呉市を訪れ、「北條」と書かれた表札のある古民家に入っていくところから第1話は始まる。もちろん、原作にはない。ドラマオリジナルの現代パートを作った狙いについて、佐野亜裕美プロデューサーは「昭和の広島が舞台なので(現代人からは)遠いお話。今の自分たちの目線に近い人から物語を始めたく、オリジナルパートを作りたくて、こうした形にしました。(昭和と現代の)懸け橋の目線」と説明した。

 現代から始まった第1話だが、昭和9年から18年の広島を舞台に、その時代を生きる人々が、すずを中心に実に生き生きと描かれる。こうの氏の同名原作、そのプロローグとして、すずの幼少期を描いた短編「冬の記憶」、「大潮の頃」、「波のうさぎ」のエピソードも過不足なく盛り込まれ、原作の世界観が実写で再現されている印象だ。

 脚本を担当した岡田恵和氏は、17年のNHK連続テレビ小説「ひよっこ」をはじめとしたオリジナルはもちろん、原作ものの脚本にも定評がある。佐野プロデューサーは、「2次元」の漫画の1コマでは描けない部分を「世界観をいかに壊さず、広げ、深めるか」に注力したと強調した。

 佐野P 原作で(すずが義姉に)「帰りなさい」と言われるシーンは、周作からは一言もありません。でも普通に心配するだろうと。(原作の)1コマで表せない前後で何を言っているんだろうと考えるんです。(原作にいない)キャラを増やす時も、ちょっとだけ描かれた近所の2家族について考えたり。岡田さんは原作が好きなので(その点でプロデューサーの)自分と共有できる。大事なものを理解してもらえば壊れることはない。信頼関係を作れば壊れないです。

 原作の世界観を壊さないという点は、俳優の演技からも感じられる。松本の演技からは、すずが持つ、のんびりとした人柄、空気感と優しさが伝わってくる。佐野プロデューサーは、約3000人のオーディションから選んだ松本について「すずのことを“天然”と言ってはいけないと思いますが。今で言う天然(のキャラクター)は作ると、あざとい…でも松本さんは素の部分が近かった。通じるところがあった」と、すず役に適任だったと語った。

 素材を、さらに光り輝かせるのは演出だ。土井裕泰監督(54)は、16年「逃げるは恥だが役に立つ」、17年「カルテット」とTBS系で話題となったドラマを手がけた。人間ドラマ、コメディー、サスペンス…どんなジャンルでも、土井監督の演出した作品はキャラクターが立ち、存在感、人間味がある。今回は、周囲に誤解すら招くほどの、すずのおっとりさが、松本の演技から立っていた。松坂ら演技派が安定の演技でキャリアの浅い松本を支え、ドラマの流れ、方向性をしっかり固めているのも、土井監督の演出のなせるわざだろう。

 土井監督の手腕は、キャスティングでも画期的な成果を挙げたという。仙道敦子(48)が、95年のTBS系「テキ屋の信ちゃん5 青春 完結編」以来23年ぶりに女優に復帰し、すずの母浦野キセノを演じることも話題だが、キャスティングの“影のキーマン”は土井監督だ。佐野プロデューサーは「すずの母に関しても、原作では、それほど描かれていないので(キャスティングは)難しいと思いました。土井監督は元々『テキ屋の信ちゃん』など、仙道さんが休業されるまで、ずっと一緒にやっていて、監督の方に『復帰を考えている』と話があって、ヤッターという感じでした」と起用の舞台裏を明かした。その上で「(休養前と)変わらぬ美しさで、監督から伺っていたとおり人柄が素晴らしい。ずっと普通のお母さんをされていて」と、仙道の起用も適任だったと強調した。

 撮影は現在、5話あたりまで進んでいるという。作品の舞台となった呉では主に現代パートを撮影し、すずが周作の元に嫁入りするシーンも撮影したが、西日本豪雨で大きな被害を受けた。佐野プロデューサーは、今後の撮影について「復興の様子を見守って、お邪魔にならないようにしたい」と語った。

 漫画や小説を実写化した場合、原作が人気が高い場合は特に、どうしても比較して見てしまう視聴者、ファンはいるだろう。その上「この世界の片隅に」は、片渕須直監督が手がけたアニメ映画が、16年11月に公開されてから600日を超えた現在も、全国各地でロングラン上映されている。その状況の中でスタートするドラマに対し、さまざまな見方、意見は出てくるだろう。ただ、1話を通して見て、原作の世界観が保たれており、その上でドラマとしてチャレンジした現代パートにも、違和感は覚えなかった。佐野プロデューサーが「最終話に向かう中で本編にリンクしていきます」と語る、その言葉に期待して見ていきたい。