映画の力信じた上田監督が夢をつかんだ「カメ止め」

「カメラを止めるな!」大ヒットの思いを語る上田慎一郎監督(撮影・村上幸将)

 6月23日から東京都内の劇場2館で公開がスタートした映画「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)が9日、ついに47都道府県全てで公開が決定した。ニッカンスポーツコムが上田慎一郎監督(34)に単独取材し、近年まれに見るヒットとなった作品を生み出した脳内を探る企画の第2回は、監督の長編映画デビュー作「お米とおっぱい」にも出演した俳優の山口友和(40)を交え「カメラを止めるな!」が生まれた“源泉”に迫った。【聞き手・構成=村上幸将】

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 上田監督は、25歳の09年に映画製作団体「PANPOKOPINA」を結成した。10年には監督・脚本を担当した長編映画「お米とおっぱい」を製作したが、その後は長編映画を製作する機会に恵まれなかった。チャンスをつかみ取るため、国内に多数ある短編映画賞を狙い、短編映画を作っては応募してきた。

 そんな中、13年に見た小劇団の舞台に着想を受けて数年に渡って開発を進めた企画をプロット(あらすじ)にして16年にコンペに提出したが落選した。上田監督は翌17年1月に、新人監督と俳優を養成するスクール「ENBUゼミナール」から映画企画第7弾の監督オファーを受け、同4月にメインキャストの12人をオーディションで選んだ。その際、コンペで落選したプロットを映画として撮影することを決意した。それが「カメラを止めるな!」だった。

 山口は「お米とおっぱい」当時から、面白さは傑出していたと振り返る。

 山口 芝居を始めて7、8年…映画も好きで、自主映画というものがあるんだと知ってオーディションを受けていた時に「お米とおっぱい」というタイトルを見て興味を持ち、監督に絶対に会いに行こうと思いました。ちょっと変な台本だと思ったんですけど面白かった。どうなるんだろうと、ずっと引き込まれて…今まで見たことがない本という衝撃が大きかったです。上田君は、中学生時代からプロットを考えたりしていたらしいです。多分「お米とおっぱい」で、やりたいことをやってみた結果、面白かったんですけど、長編は(観客に)届きづらい、難しいということになった。長編の映画祭もなかなかないので「みんなに見てもらえるような環境のために」と言って短編を作りだした。「みんなに認められたい、偉い人に褒められたいと欲が入ってきて、少しずつまとまる作品になってきた」と言っていましたね。

 上田監督は「カメラを止めるな!」を製作するにあたり、ワークショップを開いた。オーディションで選んだ12人の俳優を2斑に分けて短編ゾンビ映画「EMBU OF THE DEAD」を撮ってもらう中、俳優陣を見つめて人間性を理解。脚本は12人を当て書きして登場人物を描いた。その直しとリハーサルを繰り返し、俳優とともに脚本を作り上げた。山口は、上田監督が作り出す現場の空気感が作品に直結していると強調する。

 山口 初めは結構、みんな気合を入れて「私が1番で」と前のめりで来た人もいたと思うんですけど、上田監督の人間性に触れ、みんなで一緒に飲んだり話し合ったりする中で角が取れ、ほぐれて最終的に丸くなった。上田君は、違う人が見たらマイナスに取るような部分も全部プラスに置き換えられる…人を見る力が、すごくたけている人だと思います。何より現場が楽しいんですよ。監督が先頭になって、笑いながらみんなを巻きこんでいく撮影スタイルが、ずっと一緒なので。「上田組」として監督を筆頭にみんながついていく…それが、いつもの上田監督の現場のやり方です。

 「カメラを止めるな!」の脚本は緻密で、話が進むにつれて1つ1つの伏線が劇的にはまっていく。序盤と中盤以降のギャップが激しく、見終わって全てがふに落ちた瞬間、劇的なおもしろと快感に浸れる。その上、観客が内容を語ると即、ネタバレに直結することから“ネタバレ厳禁”の合言葉が飛び交った。

 上田監督 最初の三十数分を見て「あっ、失敗した」と思う方もいるんでしょうけど…彼女を連れてきて、最初「何だ、あんなもの?」と思ったところからワナが始まっていて、映画館を出る時は面白くなっているという…多分、そのギャップがいいんでしょうね(苦笑い)何でこれが評判が高いんだ? という疑問から、どんどん感情がかき回されているんでしょう。

 ワークショップを開く直前の17年3月、妻のふくだみゆき監督が長男を出産したことなど、自身の体験が脚本とリンクした部分もあったという。

 上田監督 脚本を作っているのと同じ頃、子供が生まれました。子どもに尊敬されたいみたいなのは、なきにしもあらずでした。

 上田監督は、俳優陣を時に「ポンコツ」と呼ぶ。山口は、それが「カメラを止めるな!」人気の本質を突く言葉だと指摘する。

 山口 言い得て妙…間違っていないと思います。芝居がうまいわけでない、格好良くない、きれいなわけじゃない…でも何とか自分の表現もしたい不器用な人間は、はたから見たらポンコツに見えるんですよ、多分。上田監督自体、ポンコツですよ(笑い)上田君も「今回の映画は『ポンコツ版ミッション・インポッシブル』。ポンコツたちが一生懸命、無理な課題に挑むから、みんな笑ってくれて、中には感動して泣いてくれる人もいるんだ」と言っていました。すごく分かるんです。本当に、みんな一生懸命やったら、応援したい気持ちにもなるんだと思う。(劇場から)出てきた観客の熱が違う…本当に、すごい映画だと思います。

 「カメラを止めるな!」は、17年11月に新宿K’sシネマで6日間限定で行われたイベント上映が、SNSなどの口コミで話題を呼んだことで、6月23日から同劇場と池袋シネマ・ロサでの公開が決まった。その時から今に至るまで、上田監督は「映画の力を信じている」という言葉を口にし続けてきた。オンデマンド配信が普及し、一般の観客の足が映画館から遠のいているという嘆きが、映画業界からも聞こえてくる中、一般をも巻きこんだムーブメントを起こし、上田監督は自らの言葉を現実のものとした。

 上田監督 結構、映画業界の嘆きを聞くんですよ。安いギャラで働かせている、長時間労働など、日本映画のあしき習慣とか問題点みたいなのが、よく叫ばれていますけど…僕はポジティブで楽天的なので、あまりそういうことを経験として感じたことはなくて。常に映画を楽しんで作っているので。(ヒットで)自信はつきましたね。あと、短編は映画祭に入らなきゃとか、結果を残さなきゃとか、高尚なものをとか、映画らしいものを作らなきゃとか…いろいろ余計なことを考えて作っていたんですけど。今回は、本当に自分の好きなように、好きなことをやりたいことをやったんですよね。それで、いいんだっていうことが、すごくうれしかったです。

 驚異的なヒットとなり一躍、時の人となった上田監督に次回作、海外への挑戦含め今後について聞いた。

 上田監督 (次回作は)ちょこちょこ、お話はいただいているんですけど、この作品に今は集中したいですね。4月にイタリアで開催されたウディネ・ファーイースト映画祭で、インターナショナルプレミア上映をしたんです。それまで本当に、海外に全く目が向いていなかった。日本で公開するということしかなかったんですけど、イタリアの500人のお客さんが、すごい拍手喝采で映画を受け入れてくれた。その時に、世界に広げれば70億の人がいるんだと思えました。

 「映画の力」を誰よりも実感し“ムービードリーム”をつかんだ上田監督は、まだまだ止まらない。