「渡る世間は鬼ばかり」「3年B組金八先生」などで活躍した女優赤木春恵(あかぎ・はるえ)さん(本名・小田章子=おだ・あやこ)が29日午前5時7分、心不全のため東京・府中市の病院で亡くなった。94歳。
<悼む>
「こんなおばあちゃんの取材によく来てくださいました。ありがとうございます」。赤木さんに会う度に、そう声を掛けられた。おごらず、謙虚な人だった。
230本以上の映画、ドラマ、舞台に出演した。「役を通してさまざまな人生を経験できて幸せでした。女優は私の人生そのもの」と、誇りを持っていた。しかし、「渡る世間は鬼ばかり」で嫁にきつくあたるキミを演じた時は、「孫たちは『お前のおばあちゃん、すごいな』と言われ、つらかったみたい。運動会に『来ないで』と言われたこともあった。かわいそうなことをした」。優しいおばあちゃんだった。
30代まで役に恵まれなかった。森繁劇団に降板した女優の代役で出演し、演技を磨いた。「火だるまのようになって舞台に出た」。48歳の時、「藍より青く」の主人公の母親役で人気を得た。「実力があるのに埋もれている人はたくさんいる。『今日はダメでも、明日はいいことがある』とワクワクする気持ちが大事。その気持ちのおかげで続けられた」。
「藍より青く」の舞台直前にアキレスけんを切った。医者に「絶対安静」と言われたが、テーピングして舞台に立ち、右足が不自由になった。07年に乳がんになった時も、舞台直前に胸にしこりを感じたが、「迷惑がかかる」と不安を抱えながら、公演後に検査を受けた。87歳で舞台出演を卒業したのも、「舞台上で何が起こるか予測できない」が理由。責任感のある人だった。
赤木さんの寝室にお邪魔したことがある。88歳の映画初主演がギネス世界記録に認定された取材で自宅を訪れた時、「寝室も見て」と入れてもらった。長い取材歴でも女優の寝室に入ったのは初体験で、真っ先に目に入ったのはベッド横にあった森光子さんとの写真だった。10代で出会い、森さんが亡くなるまで70年の交流があった。戦後、結婚した赤木さんが京都に新居を建てた時、森さんの新築祝いは「100万円の小切手」。当時、それで家を買える金額という。
「何も言わなくても心が通じ合う。親友を『心友』に変えたいと言ったら、彼女も『そうね』と言ってくれた。ソウルメートなの」。生涯の友と、今は何を語り合っているのだろうか。【林尚之】