来るはずのない未来を描く映画を生んだ時代と人の心

映画「センターライン」に登場したAIのMACO2を手にする吉見茉莉奈と下向拓生監督(撮影・村上幸将)

<映画「センターライン」主演・吉見茉莉奈と下向拓生監督に聞く2>

死亡事故を起こした人工知能(AI)を法で裁けるかをテーマに描いた映画「センターライン」が、都内の池袋シネマ・ロサで公開された。

主人公の検察官・米子天々音が、死亡事故を起こしたとして過失致死罪で起訴した自動運転系AI「MACO2」が法廷で、ソフトウエア技術者で自らを開発した母とも言える運転者の深見蘭子(望月めいり)を殺すため、故意に事故を起こしたと証言する。法廷サスペンス、ロボットバディ、SF…さまざまな要素を盛り込んだ、今年のインディーズ映画では注目の1本に主演した吉見茉莉奈(28)と下向拓生監督(31)に撮影、製作の裏側を明かしつつ、作品の魅力に迫った。【村上幸将】

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「センターライン」は、福岡インディペンデント映画祭2018グランプリ、ロンドン・フィルムメーカー国際映画祭(英国)で外国語映画部門最優秀編集賞など、国内外の映画祭で賞を受賞。1月には都内の国立映画アーカイブで、下向監督と「永遠の0」「寄生獣」などで知られる山崎貴監督との対談も実現した。下向監督は山崎監督から「インディーズなのに、ちゃんとしたエンターテインメントを作ろうとしている姿勢がすごい」と評価された一方「(検察官より)弁護士にしたほうが良かったんじゃないか」とも提案された。物語が進む順番で撮影する「順撮り」ができず、ラストから撮影したことにツッコミがあったという

下向監督 山崎監督にも「普通、順撮りだよ」って言われましたね(笑い)。

吉見 長編映画が初めてだったので、こういうものなのかなと納得しちゃいました(笑い)。当時は直前まで、すごい豪雨で「撮影はないな」と安心したら、パーッと晴れて雨上がりのきれいな夕焼けが…。ラストは大事じゃないですか。もうちょっと、撮影を重ねてからの方が良いんじゃないかと思って。結果的に美しいシーンは撮れたんですけど一瞬、大丈夫かなという気持ちになりました。

下向監督 誰もが、みんな、そう思っていましたけど…晴れちゃったから、やっちゃおうと(笑い)。

下向監督は、長野県松本市でソフトウエアエンジニアとして働く傍ら、映画を製作する異色の若手監督だ

下向監督 今年で社会人7年目ですね。映画を見るのがすごく好きで、大学の映画研究部で好きな映画を作っていた延長です。学生時代は脚本を書いたことがなくて、他の人の脚本作品の、撮影監督的な立場や編集はやっていたんですけど、やっぱり自分でストーリーを作りたいなと。社会人になってから、脚本の書き方を勉強しました。大阪の大学を卒業し、長野の会社に入って一緒に映画を作っていたメンバーと離れたので、自分で勉強しないと作ることが出来ない状況に陥ったというのも、もう1つの理由としてあり。オリジナル脚本1作目を作り、小さな映画祭で上映、評価してもらいコネクションが広がっていきました。

「センターライン」完成までの道のりは、資金面を含めいばらの道だった

下向監督 脚本や企画でお金を出すコンペに幾つか応募したんですけど全部、落ちました。でも、この題材だと時代遅れになる。それだけ評価されないなら自分で作ろうと、16年後半から準備し17年に撮影しました。全部、自分のお金で作り、完成するまで150万円くらいかかり、キャストも製作陣も手弁当でした。

吉見 ギャラはいただきましたよ(笑い)。

米子が過去、起訴した男に車で追われる中盤のカーチェイスは、インディーズ映画を超えた迫力だが、創意工夫が生んだシーンだ

吉見 監督の実家の駐車場で撮っています(笑い)。

下向監督 スタジオとかじゃない(苦笑い)。

吉見 後ろから実際に車で追われているように見えますが、他のキャストが懐中電灯を2つ持ち、後ろから追い掛ける風に見せていて。実際、車は動いていなくて、カメラだけ揺らす撮り方をしているんです。私と、MACO2のセリフを読む人が後部座席の下に潜み、私が動いていない車内でワーッと動いていて。蚊がいっぱいの車内でメチャクチャ刺され、汗だくになりながら深夜0時くらいまで撮影した、1番苦労したシーン。お金をかけず、いかにそれっぽく撮るかというアイデアが詰め込まれています。米国で2年間、勉強した撮影監督のJUNPEI SUZUKIさんのアイデアがすごく、ハリウッドっぽい撮り方をする。

劇中で描いたようにAIを裁くことができる時代は来るのだろうか?

下向監督 自動運転で、よく話題になるのが「トロッコ問題」。線路が分かれていて、片方は人間が1人、もう片方は2人倒れている。どちらに行っても人をひき殺してしまう状況で、自動運転が判断してどちらを選ぶか、というのが議論されています。ただ、自動車はずっと昔からあるわけで、似たような状況は絶対あったはずなんですよ。なぜ今になって、そのことが議論になっているか…それは、AIや自動運転が責任を取ることができないからだと思うんです。人間だったら、裁判で大事なものを奪う=刑という責任の取り方があり、その中で1番、大事な命を奪うのが死刑。時間、自由を奪うのが刑務所に入る懲役です。もしAIが責任を負うことが出来れば、問題は解決するんじゃないか。気持ちを与えるなど、AIが失いたくないものを作れば裁き、責任を負わせる状況になるのではないかと思いました。

AIに気持ちを与えるという、下向監督の発想が随所に出てくる。演じた吉見はどう感じたのだろうか?

吉見 切なくなったのは、カーチェイスの後、陸橋の上でMACO2と2人きりになったシーン。それまでよく分からないことを言われ、腹を立てていたMACO2に助けてもらい、苦難を乗り越えて、すごく距離が近くなった。米子とMACO2の抱えている孤独は、実は近いと思っていて。米子は父を亡くして、検察官になるために友だちとも遊ばずに勉強を頑張ってきた。MACO2も、お母さん(深見)が好きなのに怒られて…米子はシンパシーを感じている。演じていてグッときましたね。

愛知県から上京し、フリーで舞台を中心に活動する吉見にとって、東京での日々に寂しさを感じることもあり、MACO2のような存在に意義はあると語る

吉見 演劇の活動で、香川県の小豆島に何カ月か滞在した後に、東京に帰ってきたら、電車がとにかくつらい。みんな心にゆとりもないし、事件が多すぎるのもあるからか、隣で人が倒れていてもシャットダウンせざるを得ない環境…いまだに、つらいですね。近所に住む人ですら全然、会ったことがない。結構、孤独を感じます。仕事も人も集まる場所だから、東京にいた方が良いのは分かっているんですけど…地元に帰りたくなったり、他の地方に行きたくなることがあります。MACO2みたいな存在がいたら、悩みをポロっと話しちゃいそうですね。

最後に今後のことや、観客に伝えたいことを聞いた

吉見 2年前から、食と演劇をテーマにしたお芝居をしている星茉里さんと一緒にやる機会が多く、木造建築の一軒家やギャラリーなど、劇場じゃないところでお芝居をやってきました。舞台も続けていきますし、映画も、もっとやりたい。演劇は1回きりの公演なので、継続して同じ作品を応援して…というのは「センターライン」が初めてでした。作品の値打ちを上げたいし、そのために個人として頑張らなきゃいけない…意識は変わりました。ミステリーが好きで、島の洋館で殺人事件が起きて、みたいな話を作ってくださいと下向監督に話しました。

下向監督 構える必要はなく、ただのエンターテインメントとして見てほしい。エンターテインメント映画が好きなので、映画に必ずしも強いメッセージ性は必要ないと思っているんですけど、何かしら自分の中で思っていることを表現したいのも潜在的にある。深読みできる余地も残したつもりなので社会問題、AI、裁判などに個人的に思いがある人も、ぜひ見ていただければと思います。

5月1日に平成から令和へと改元され、日本は新しい時代を迎える。「平成39年」を舞台に描いた「センターライン」を、下向監督は「映画の世界は“来るはずのない未来”になる」と評する。果たして、そうだろうか? 劇中で描かれた世界は、既に我々のそばに来ているのかも知れない。