スージー鈴木さん「大衆音楽が成熟」80年代を分析

スージー鈴木さん

音楽評論家のスージー鈴木さんが、1980年代日本のポップ・ミュージックの魅力を解説する「80年代音楽解体新書」を出版した。アーティスト論、時代論に傾かず、音楽をコードやメロディーの構造の面から分析した。音楽評論の革命とも評される「スージー流」全開の一冊となっている。

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-どのあたりが「革命的」なのでしょう

スージーさん 日本の音楽評論は文学的な筆致が主流でした。「ジミ・ヘンドリックスの情熱的なギターソロは、黒人のブルースと白人のロックンロールの合間に屹立(きつりつ)する情念の発露だ」みたいな。歌詞や歌い手のバイオグラフィーからメッセージ性を読み解き、時代性、社会性を導く、といったスタイルです。でも歌詞や歌い手個人の属性は、音楽の一部分でしかない。私はもっと理系的、数学的に構造を分析し、音楽の魅力や豊かさを伝えたいと考えています。

-80年代音楽をテーマに選んだのは?

スージーさん 私自身が青春ど真ん中の時代に体験した音楽を、同世代の方々に伝えたいというのがひとつ。さらに日本の大衆音楽が成熟して、豊かな音楽性が花開いたのが、80年代だったからです。

-成熟した、と言うと?

スージーさん 70年代後半に登場した、荒井(松任谷)由実、桑田佳祐、山下達郎らが、独特のコード、メロディー、リズムの感覚を持ち込み、日本の音楽シーンを変えていった。その功績については稿を譲りますが、彼らの作った音楽によって、洋楽の模倣ではない形で一気に成熟に向かったのが80年代でした。

-どんな特徴があるのですか

スージーさん 例えば「メジャー・セブンス(Maj7)」は、とても80年代的なコードだと思います。その響きを一言で言えば「都会的」「おしゃれ」「洗練」「詩的」。当時の言葉なら「メロウ」ということになりましょうか。山下達郎が多用したコードで、シュガー・ベイブ時代の「DOWN TOWN」のイントロ、「RIDE ON TIME」の歌い出しなどなど、山下達郎の曲は、あれもこれもMaj7です。

-いわゆる「シティ・ポップ」。経済的に豊かで、未来への希望があった80年代の気分を反映したコードですね

スージーさん 音楽は社会や時代と無縁ではないし、私自身、時代の郷愁を込めて文章を書くことも好きです。しかし、私の興味は、なぜMaj7が都会的でおしゃれに聞こえるのか、さらには、どんなコードが、どんな感情を喚起するのか、といったあたりにあります。80年代前半、バブル前夜のキラキラした気分がMaj7を生んだ、といった、時代と音楽を直線で結ぶような議論は、いささか乱暴だと思います。

-乱暴と言うと?

スージーさん 80年代日本の音楽界では、レコーディング技術、機材が発達し、経済的な豊かさが音楽制作への大きな投資を可能にしました。生演奏が主流だった当時、スタジオミュージシャンの演奏が最高水準に達してもいた。さまざまな要因が、音楽的成熟を促していたわけです。そんなもろもろの要因を捨象して、社会の背景から音楽を語る評論が乱暴だと感じているわけです。

-90年代との違いは?

スージーさん コンピューターを使ったデジタルな音が主流になり、生演奏のふくよかさが失われました。音楽は聴くものから、歌うものに変わっていき、メロディーもAメロ、Bメロだけだったのが、Eメロまで増えたり、転調を多用したり抑揚の幅も広くなった。カラオケで歌って気持ちいい音楽ですね。80年代の都会的でおしゃれな音楽は、湘南のドライブや、六本木のカフェバーで、若者がデートのBGMとして聴くのに適していた。つまり、消費シーンが音楽性を決定するのです。歌と社会、経済の動向は無関係ではないが直結もしていません。バブル崩壊が小室哲哉のサウンドを生んだわけではないのです。

-時代や社会ではなく、コードやメロディーで音楽を語ろう、と

スージーさん 非常に分かりにくい話をしている自覚はあります。なので、発表資料作成ソフトを駆使し、音楽理論を図示することで分かりやすさを心がけました。また、中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」の奇跡的フレーズを「後ろ髪コード進行」、H2O「想い出がいっぱい」のセンチメンタリズムを演出するメロディーを「胸キュン♪ミファミレド」などと名付けた。コードは分からなくても名前をつけることで、そういう構造を持っている、ということだけ分かってもらえれば、と。

-でも音楽を活字で伝えるにはやはり限界があります

スージーさん 「後ろ髪コード進行」も活字や図示だけでは理解しがたいでしょう。でも今はスマートフォンやタブレットで音を確かめながら読む環境がある。私が自宅のピアノで演奏し、息子が撮影した動画で解説したURL(http://suzie.boy.jp/kaitai.html)を掲載しました。ともすれば、専門的に陥りがちな話なので、伝え方は、かなり工夫しています。

-新しい音楽評論の形ですね

スージーさん 「令和の渋谷陽一」を自称しています。まぁ、渋谷陽一は「後ろ髪コード」は語りませんが(笑い)。

【聞き手=秋山惣一郎】

◆スージー鈴木(すーじー・すずき)1966年(昭41)大阪府生まれ。洋邦の最新ポップスからプロ野球の応援歌まで、さまざまな分野の音楽評論を手がける。80年代音楽サイト「リマインダー」の連載をまとめた新著「80年代音楽解体新書」(彩流社、1600円+税)が発売中。主な著書に「いとしのベースボールミュージック」「チェッカーズの音楽とその時代」など。