沢尻被告懲役1年6月求刑「全ては幻で害でした」

11年1月、イベントでの会見で涙を流す沢尻エリカ被告

自宅マンションで合成麻薬MDMAやLSDを所持したとして、麻薬取締法違反の罪に問われた女優沢尻エリカ被告(33)の初公判が1月31日、東京地裁(滝岡俊文裁判官)で開かれた。沢尻被告は起訴内容について「間違いありません」と認めた。大麻やLSDなどを19歳のころから使用していたことが明らかになり、薬物を断ち切れなかった過去や交友関係について「全ては幻、全てが害だった」と話す場面もあった。検察側は懲役1年6月を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決を求めて即日結審。判決公判は6日に同地裁で開かれる。

衝撃的な逮捕から約2カ月。昨年12月の保釈時など、これまで姿を見せなかった沢尻被告は、上下黒のスーツに白シャツ、ポニーテール姿で入廷した。裁判官を見つめ「沢尻エリカと申します。(職業は?)無職です」と話し、起訴事実についても「間違いありません」と認めた。

起訴状によると、昨年11月16日に東京・目黒区の自宅マンションで、カプセルに入ったMDMAを含む粉末約0・19グラム、LSDを含む紙片約0・08グラムと液体約0・6グラムを所持したとしている。同12月6日に起訴、直後に保釈保証金500万円を納付して保釈され、その後、新宿区内の総合病院に入院していた。

冒頭陳述で検察側から、沢尻被告が19歳のころから大麻を含めた複数の薬物を使用していたことも明らかになり、「被告人の親和性および常習性は顕著」と指摘された。弁護人質問で、薬物使用や関係する交友関係を14年近くにわたって断ち切れなかった理由について問われると、沢尻被告は女優らしく落ち着いた口調で「自分の中で薬物をコントロールできると思っていましたが、それは大きな間違いで、気付いたら薬物を制するより、薬物に制される状態でした。偽りの友情にとらわれ、そこから抜け出すことができませんでした。非生産的な日々から何も生まれず、全ては幻で、全てが害でした。心の底から後悔しています」と答えた。

情状証人として出廷した主治医は、LSDなどの幻覚剤はクラブなどで騒ぐ際に使用し、大麻は長めの休暇がとれた際に使用していたことを明らかにした。幻覚剤についての依存は認められないものの、大麻については、精神的な軽い依存症が認められる診断が出ており、沢尻被告は「ショックでした」。検察からは「なぜやめられなかったのか? 原因は?」などと矢継ぎ早に質問されると、「自分に甘えがあった」などと答えつつ、沈黙したり、言葉に詰まる場面もあった。

今回の事件を受けて、すでに撮影がスタートしていたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の降板など、影響は多方面に及んだ。今後の女優業の継続について、この日は「考えていません」。実兄も情状証人として出廷し、沢尻被告は「家族にも迷惑をかけました」。

事件後に、携帯電話の解約や、SNSアカウントの削除など交友関係を断つ意思を示しつつ、入院中も薬物治療に取り組み、今後も治療を続けることを誓った。最後は「全ては自分の甘さが招いた結果で、後悔してもしきれない気持ちでいっぱいです。全力で更生することが、自分のできる唯一の償いだと思っています」と反省の弁を述べた。

<事件の経過>

▼19年11月16日 警視庁がMDMAを所持したとして麻薬取締法違反容疑で逮捕。目黒区の自宅マンションでMDMAを発見。

▼同19日 沢尻容疑者は「MDMAは数週間前にイベント会場でもらった。これまでに大麻やLSD、コカインも使った」などと供述。使用時期についても「10年以上前から違法薬物を使用していた」と説明。

▼同20日 尿を警視庁の科学捜査研究所で鑑定したところ、MDMAを含む違法薬物の成分は検出されなかった。

▼同26日 沢尻容疑者と共同して合成麻薬MDMAを所持したとして、警視庁が麻薬取締法違反の疑いで知人男性を逮捕したが、12月20日に不起訴処分に。

▼12月6日 東京地検が沢尻エリカ被告を起訴。保釈金500万円を納付して保釈。東京・新宿区内の総合病院に入院し薬物治療を開始。

◆沢尻(さわじり)エリカ 1986年(昭61)4月8日、東京都生まれ。父は日本人で母はフランス人。モデル活動を経て03年TBS系「ホットマン」で連ドラ初出演。05年映画「パッチギ!」で新人賞や女優賞を多数獲得。ドラマは05年「1リットルの涙」、14年「ファースト・クラス」、映画は12年「へルタースケルター」、18年「猫は抱くもの」などで主演。09年にクリエーター高城剛氏と結婚、13年に離婚。