女優で作家の中江有里(46)が先月28日に27年ぶりとなる新曲「いつも」(作詞松井五郎、作曲松本俊明)をリリースした。
「昔はCDで、今回は配信。前の日の夜は緊張して眠れませんでした。ダウンロードして『あ~、本当に自分の歌が流れるんだ』と感慨深いものがありました」。
昨年9月に作詞家松井五郎氏(62)とトークショーを開き、26年ぶりに人前で歌声を披露したことで歌への意欲が再び湧いてきた。
「やりたいという気持ちと、怖いという気持ちと両方あった。前にやっていたことなんて、何も通用しない。昔のようには戻れないことも分かっていた。同じことをしちゃいけないし、できもしない。じゃ、今の自分には何ができるのかをすごく考えました」。
「いつも」は子供の頃から変わらぬ愛で見守り続けてくれた母親への愛を歌い上げている。実生活では、今年の8月9日に母親を亡くした。膵臓(すいぞう)がんで1年の闘病の末だった。
「去年の冬にいただいた曲で、たまたまだったんですけど、どうしても重ねますよね。母とは亡くなる前日に最後のお別れができたんですけど、感謝っていうよりも後悔の方が多い。私、自分がこんなに弱い人間だと思わなかったから…」と涙をぬぐった。
今でも母親のことを思い出すと涙がにじむ。
「でも、歌は泣いていては歌えない。自分と向かい合わなくちゃいけないと、改めて分かりました。物を書くこととは、また違う。歌は人の感情に触れることなんだよと、この年になって初めて気がつきました」。
母親の病気が分かったのは昨年の8月末。すでに外科手術はかなわず、通院しながら抗がん剤治療を受けた。今年の2月13日に芸能界デビューから32年目で初めて開いたライブに、小康を保っていた母を迎えることができた。
「今から思うと、ライブを見てもらえたのは本当に奇跡。その後は抗がん剤が使えなくなって、緩和治療になったんですけど新型コロナウイルスの影響で大阪の母とは2カ月間も会えなかった。緊急事態宣言が解けてからは、日帰りや1泊でも会いには行ってたけど、毎回『次はないかも』と思いました。音楽活動を再開しようと思ったのと、母の闘病がほぼ重なるんです。そういうタイミングだったんでしょうね」。
アルバムの制作に取りかかろうとした途端の新型コロナウイルス禍。自宅で「宅録」した歌をYouTubeチャンネル「YURINAKAEYouTubeChannel-LaVision」にアップし続けた。
「宅録はスマホで録音して、音楽無しの素の歌声を、自分でジャッジするんです。恥ずかしいんですけど、逃げてばかりじゃダメだということが、よく分かりました。本当に勉強になりました」。
10月に仙台の友人を尋ねるついでに、東北の温泉に出掛けた。
「本当だったら、母を春に連れて行ってあげようと思っていたんです。すでに治療が難しくなっていましたから。去年の秋に無理してでも連れて行ってあげればと後悔しています」。
今年4月10日には、91年の映画デビュー作「ふたり」の大林宣彦監督(享年82)も亡くなった。新聞記者役で出演した遺作「海辺の映画館-キネマの玉手箱」の公開予定日だった。それも新型コロナウイルス禍で7月に延期された。
「4月にお世話になった大林監督が亡くなって、仕事もなくなって、母も亡くなりました。あの時ほど危機感を持ったことはなかったですね。こういう状況の中で迷いより、すがるような思いがありました。それをどういう風に届けるのか。届けなくてはいけない」。
来年1月には待望のアルバム「PortdeVoix(ポール・ド・ヴォア)」が発売される。悲しみも、歌える喜びも、全てが詰まったアルバムだ。
◆中江有里(なかえ・ゆり)1973年(昭48)12月26日生まれ、大阪府出身。89年JR東海のCMでデビュー。90年のTBS系「なかよし」で女優デビュー。91年にはシングル「花をください」で歌手デビュー。92年の日本テレビ系「綺麗になりたい」で、連続ドラマ初主演。95年のNHK連続テレビ小説「走らんか!」ではヒロイン。13年に法大通信教育部文学部日本文学科を卒業。