<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
「渡る世間は鬼ばかり」に繰り返し出てくるセリフがあった。
「どいつもこいつも理屈をこねて、わがまま放題言いやがって」
これって、情報番組を見ながら、コメンテーターに向けて時々心の中でつぶやいていることだ。
こんなのもあった。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」
酒の席で同僚から愚痴を聞かされる度に何百回と繰り返してきた言葉だ。
大往生と言っていいのだろう。脚本家の橋田寿賀子さんが4日に95歳で亡くなってから、文字通り庶民感情に寄り添った、そんな「当たり前のセリフ」を思い出す。
24年前。1度きりだが、1時間超のインタビューをする機会があった。
「渡鬼」も7年目。とっくに大御所の域に達していたが、決して偉ぶらない人だった。途中何度もケラケラと笑い、「のどあめいかが?」とバッグの中から取りだした。
「ずっと椅子に縛り付けられている気がするから映画や演劇はめったに見ない」と明かし、「私自身、寝転がったり、掃除や洗濯をしながらドラマを見るから、目を離している時に変な『間』があると、『早くセリフを言え!』って思う」と、自作の劇中で絶え間なく続く長セリフのゆえんを語った。
当時、フジテレビ系連ドラ「ロングバケーション」などで注目された36歳下の脚本家・北川悦吏子さんをしきりにほめた。対照的な作風なのに不思議な気がした。
「私みたいに老人介護や進学みたいなテーマや主張は出てこないけど、ディテール(細部)に雰囲気があって、それだけで引っ張っちゃう。実はうらやましい気がするんです」
松竹脚本部からテレビ界に転じた時、自身が否定された手法を北川さんがテレビドラマで実現していることを素直に喜んでいるのだった。心の広い人だと思った。
7年前。盟友の石井ふく子プロデューサー(94)にインタビューする機会もあった。こちらは橋田さんの倍くらいの時間をいただいたが、その過半が橋田さんとの話だった。
「熱海のご自宅にうかがうと、あの方は全部鉛筆で書いていらして、それを読ませていただくんですけど、私意地が悪いから『ここで居眠りした?』『何か食べた?』って。ちょっと感じが変わる節目というのがあるんですね」
60年にも及んだ「共闘関係」ならではのやりとりが興味深かった。
「橋田さんも私も1人っ子。だからこそ兄弟姉妹が客観的に見られて、そこが膨らんだりするんです」
血縁関係が複雑に、そしていびつに絡み合う「渡鬼」の意外な原動力だった。
橋田さんの作品には人を殺す場面が登場しなかった。橋田さんはこう言った。
「人を殺すことは何があってもいけないこと。どんな重いテーマであってもね。ドラマ上では死んでも(その俳優がまた別のドラマの)画面の中で生き返ったりするから、簡単に考えてしまう人が出るんです。ドラマは人間の葛藤を描くものです。時代劇でも戦争の前と後のドラマを描けばいい」
戦争そのものを題材にしたドラマやサスペンスから人が殺されるシーンをなくすことはできないだろうが、橋田さんが言うのもまた「当たり前の理屈」である。確かに橋田ドラマには一貫してこの当たり前の安心感があった、と改めて思う。【相原斎】