もっと聴きたかった歌手石原慎太郎 伸びる高音、甘い歌声で音程もバッチリ

石原慎太郎さん(左)とペギー葉山さん(1990年12月)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

元東京都知事で、運輸相などを歴任した作家の石原慎太郎さんが亡くなった。89歳だった。

訃報を聞き、音楽記者としてすぐに音楽関連の取材をした。国民的俳優で歌手だった弟の石原裕次郎さんに、作詞や作曲をしていたことは知っていたが、意外な作詞もしていたことを知った。

「さあ太陽を呼んでこい」という作品で、NHK「みんなのうた」で63年12月から放送された。作曲は山本直純さんだった。軽快な曲調で、ラララ…と子供にも歌いやすいのだが、歌詞の意味は深い。夜が明けて、もうじき若い日が昇る。この世には夜はいらない。みんなで希望の鐘を鳴らそうという、メッセージ性の強い内容だった。

参議院選挙に立候補するのは68年で、まだ作家活動が中心だった時代だが、石原慎太郎というイメージと見事に合致する作品だ。その後、倍賞千恵子やボニージャックスらも同曲を歌っている。

その68年には裕次郎さんが歌った「青年の国をつくろう」を作詞している。未来を担う若者に青年の国をつくろうと呼び掛けている。ポピュラーソングではあるのだが、石原さんが小説や評論だけでなく、作詞という手法でも日本のことを考え、さまざまな発信をしていたのだと、あらためて感じた。

キングレコードから石原さんと盟友ペギー葉山さんがデュエットした「夏の終わり」(91年)という音源を手配してもらった。石原さんが72年に裕次郎さんに作詞作曲した曲で、それをカバーした。当時58歳。衆議院議員だった石原さんの歌手デビューとなった作品だ。夏の終わりに、浜辺でなくした恋を思う心情をムード歌謡調に歌う。歌詞にフランス語の「スーブニール」(思い出の意味)を使うなどオシャレである。

数多くの歌を聴いてきた音楽記者として、掛け値なしに上手である。低音が魅力でもある裕次郎さんの歌声とは違って、石原さんは高音が伸びる。少しビブラートのかかった甘い歌声で、音程もバッチリ。ペギー葉山さんとの相性も抜群である。レコーディングが終わった際に「私が2代目裕次郎でございます」と自信満々に語ったのもうなずける。もっと歌手石原慎太郎を聴きたかった。【笹森文彦】