石川さゆり、共感できず断ろうとした「天城越え」で知った「演じる、想像すること」/こぼれ話4

インタビューで笑顔を見せる石川さゆり(撮影・中島郁夫)

15歳で歌手デビューし、今年で50周年の節目を迎えた石川さゆり(64)。「津軽海峡・冬景色」「天城越え」など歌謡史に輝く名曲をお茶の間に届けて半世紀。人生を歌にささげ、常に向上心を忘れない歌謡界のトップランナーだ。

29日の紙面「日曜日のヒロイン」に掲載できなかったアナザーストーリー(一部重複)を全7回に分けてお届けする。【取材・構成=松本久】

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石川は多くの作詞家や作曲家たちに支えられ、導かれるようにしてヒット曲を生んできた。

77年発売の「津軽海峡・冬景色」は作詞が阿久悠さん、作曲が三木たかしさんのゴールデンコンビ。阿久さんは「歌はヒットをした時に一番輝く。でも、さゆりの歌は、さゆりが成長するとともに成長し、輝きを持っていく。作家としてそれがすごくうれしい」。三木さんも「作曲家が『跳びたい』と思った時に『無理です』などと言わないで、どこまでも一緒に跳んでくれる歌い手が石川さゆりだ」と信頼を置いていた。「本当にありがたく、うれしい言葉です」。石川は2人への感謝の思いをあらためて口にした。

86年発売の「天城越え」は作詞が吉岡治さん、作曲が弦哲也さん。歌詞に「誰かに盗られる くらいなら あなたを 殺していいですか」とある。恋しい男性に対する、女性の鬼気迫る濃厚な情念を描いた作品だ。吉岡さんはこの曲で「良妻賢母のイメージがある石川さゆりのイメージを崩そう」と意図。「もっと、のたうち回れ」「もっとがーんとぶつかれ」と注文を付けた。石川は最初、歌唱を断ろうとした。当時は結婚と出産をへて幸せのど真ん中。歌詞の持つ世界観にまったく共感できないからだった。

「でも、その時に、自分の引き出しから歌を引き出すから歌えないんだと思ったんです。演じる、想像するということならば歌えない歌なんてなくなったんですね」。

紅白では「津軽海峡・冬景色」「天城越え」を1年ごとに歌うことが15年続いている。でも、石川の歌は毎年、新鮮に心に響く。石川自身も「今年はこんなことを思えるぞとか、そんなこともあったんだなということがいっぱいある。だから同じ曲を歌っても飽きがこないんです」。(続く)

◆石川(いしかわ)さゆり 本名石川絹代。1958年(昭33)1月30日、熊本県生まれ。73年に「かくれんぼ」でアイドル歌手としてデビュー。77年に「津軽海峡・冬景色」が大ヒットし、同年に同曲で紅白歌合戦に初出場。昨年までに紅組最多の44回出場中。代表曲に「能登半島」「天城越え」「風の盆恋歌」など。19年に紫綬褒章を受章。血液型A。