<業界歴52年目 フジテレビ三宅恵介エグゼクティブディレクターが語る>10
フジテレビ系トークバラエティー「はやく起きた朝は…」(日曜午前6時30分)は、今年4月に前身から29年目の放送に突入した。プロデューサーを務めるのは、同局「オレたちひょうきん族」の“ひょうきんディレクターズ”の三宅デタガリ恵介としても知られた、三宅恵介エグゼクティブディレクター(73)。テレビ業界歴52年目の三宅さんに、あれこれと聞いてみた。
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1980年(昭55)10月にレギュラー放送が始まった「オレたちひょうきん族」のビートたけし主演「タケちゃんマン」で、敵役のブラックデビル、アミダばばあ、ナンデスカマンなどを演じて大ブレークしたのが明石家さんま(66)。今も「さんまのお笑い向上委員会」(土曜午後11時10分)で、笑いを追求する“お笑い怪獣”だ。
三宅ディレクターは、毎年クリスマスの時期に放送される「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」の演出を、90年から今なお続けている。
「さんまさんはね、これはみんなさんがおっしゃってることなんですが、変わらないんですよね。あの方はね、昔のままでね。それこそ、楽屋でもあのまんまだし、誰に対してもあのまんま。やっぱり、さんまさんがすごいのは、どんなに偉い人だろうが、ADだろうが同じなんですよね。同じ目線で扱って、これはすごいなと思って」
偉かろうが、下っ端だろうが、誰に対しても同じ目線のさんま。その目線から生まれたのが、88年から16年間にわたって放送された「あっぱれさんま大先生」シリーズだ。
「さんまさんは、子供に対しても同じ目線なんですよね。子供の目線なんだけれども、子供扱いしないんですよ。だから同じ目線で戦うわけなんです。有名な話がね、卓球の福原愛ちゃんが小さい時に出たんだけど、みんな大人は愛ちゃん勝たせてやるようにする。だけど、さんまさんは絶対に負けないように勝負する。で、愛ちゃんが泣いちゃう(笑い)。あの人のやり方で『子供だろうが、やるんだったら、これはもう勝負だ』っていう考え方ですよね。唯一、変わらない」
さんまとは仕事だけでなく、プライベートでも交流があった。
「89年に『ひょうきん族』が終わったんだけど、その前の年にさんまさんが大竹しのぶさんと結婚してね。家族ぐるみで、一緒にハワイやオーストラリアに行ったりしました。うちも、さんまさんのところと同じ年頃の子供たちがいたんで、軽井沢で一緒に遊んだりとかもしていました。1回ね、オーストラリアの遊園地かなんかで、さんまさんの息子の二千翔(にちか)君が小さい時で、持っていた風船を飛ばしちゃったかなんかしたの。さんまさんに『お前、どうしたんだ』って言われて、なんか違うことを二千翔君が答えた。その時にさんまさんが『お前、うそつくな』って言ったのに、プッと吹いちゃったんですよね。その頃、さんまさんは『笑っていいとも』のタモリさんとのトークコーナーで『日本一のサイテー男』ですからね。それがね、真剣に『うそつくな』って言ってるんですから、吹いた覚えがある(笑い)」
萩本欽一(81)ビートたけし(75)明石家さんま、演出家として深く関わった3人の大物芸人には同じ美点がある。
「大将(萩本)、それからたけしさん、さんまさんで共通してるのは、やっぱりすげえなと思うのは、人の悪口を言わないこと。前に日大芸術学部で講師をしていた時に、講義をするのにテレビってどうやって作ってるかとか、いろいろな番組のことを考えてみた。それで、3人を比べて考えた時があったんだけど、唯一、同じように優れているのは悪口を言わないというのがありました。たけしさんなんてね、逆に毒舌じゃないかって言うんだけど、あれは悪口じゃないんですよね。そう、自分なりの持っていき方があるんです」
【小谷野俊哉】(続く)
◆三宅恵介(みやけ・けいすけ) 1949年(昭24)2月5日、東京都生まれ。慶大経済学部卒業後、71年にフジポニー入社。「欽ちゃんのドンとやってみよう!」「笑っていいとも!」「ライオンのいただきます」「タモリ・たけし・さんまBIG3世紀のゴルフ」「あっぱれさんま大先生」「ライオンのごきげんよう」などのディレクターを務める。80年フジテレビに転籍。81~89年の「オレたちひょうきん族」では「ひょうきんディレクターズ」の「三宅デタガリ恵介」としても活躍。90年からクリスマス深夜放送の「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」では、今も演出を務める。04年4月スタートの「はやく起きた朝は…」(日曜午前6時30分)では番組開始からプロデューサー。09年の定年退職後もフジテレビに嘱託のエグゼクティブディレクターとして在籍。千代田企画社長。