バイオリニスト川井郁子20周年公演はオーケストラと和楽器融合、演奏しながら指揮にも挑戦

デビュー20周年コンサートで管弦楽と和楽器によるオーケストラ「響」を結成し演奏するバイオリニスト川井郁子(撮影・横山健太)

バイオリニスト川井郁子(54)が、23日に東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで「20周年 川井郁子 シンフォニックコンサート~越境するヴァイオリンミューズ~withオーケストラ響き~ひびき~」を開く。オーケストラに尺八、琵琶、琴などの和楽器を融合させ、初めて演奏しながら指揮する弾き振りにも挑戦する。

2000年(平12)にアルバム「The Red Violin」でCDデビューした。

「本当は一昨年が20周年だったんですけど、コロナ禍がありました。でも、おかげさまで、この20年間はいろいろなチャレンジをして、たくさんの発見がありました。自分のオリジナルを作って来られたと思っています。道なき道を歩んで来られたことが、一番楽しかったです」

名器ストラディバリウスでの演奏のみならず作曲、そして映画音楽にも挑戦。13年の吉永小百合の主演映画「北のカナリアたち」では日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞した。

「なるべく自分らしい、自分にしかできない表現をという気持ちでいると、いろいろなことに挑戦したくなるんですね。化学反応を試したくなる。それが根っこにあって、いろいろなお話をいただく度に、石橋をたたかないで渡る(笑い)。それがうまくいっても、いかなくても必ず発見がある。それで今に至っている感じですね」

オーケストラの中に和楽器を融合させる。笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、尺八、笛、琵琶、琴、鼓、そして和太鼓2人の計9人が和の音を洋の管弦楽の中で奏でる。

「自分の中から自然発生的に出てきたことですね。2枚目のアルバムを作った時に、サビのメロディーはバイオリンじゃなくて、尺八に取って欲しいと思ったんです。それは自分で作った曲だったんですけど、バッハの曲をアレンジしたものもありました。この一番大事なメロディーは、じゃあ尺八だなって。バッハが生きていたら、なんて言うでしょうね(笑い)。最近知ったことなんですけど、私の祖父が尺八が好きで、よく吹いてたらしいんです。そういうDNAがあるんでしょうね。こんなにたくさん和楽器を入れたことはないし、オーケストラもフルなので、どんな音になるか、私自身が楽しみですね」

バイオリンを弾きながら指揮をする弾き振りは初体験。

「あんまりないですよね。今までタクト(指揮棒)を振ったことはないのでドキドキですが、弓に思いを込めて振りたいと思います」

クラシックの世界に和楽器を取り入れ、和と融合した映像作品もプロデュース。怖いもの知らずで、クラシック音楽界に次々と革命を起こしてきた。

「子供の頃は、すごく怖がりで、いつも空想の中で遊んでいるような子だったんですよ。バイオリンは6歳からやってますが、チャレンジをするようなタイプじゃありませんでした」。

転機は22年前、アルバムデビューした時にやってきた。

「自分の作った音楽でステージに立った時ですね。それまでは舞台恐怖症で怖い場所だったのに、自分の音楽でステージに立つと、以前には味わったことのないような官能的な、解放されるすごく楽しい場所になりました」

20年以上も開拓者として、新しい音楽、ステージを追求してきた。

「幸運なことに、周りの人間には恵まれていたし、止める人も邪魔する人もいなかった。だけど、一番大変だったのは自分自身との戦いですね。これまでにないものを作るので、自信がないと進んでいけないんです。だから、やりたいという気持ちと、大丈夫なんだろうかっていう気持ち。そこが一番大変だったというか、戦ってきた部分かな思います。葛藤があるということは、幼い頃のように臆病な自分というのが、まだいること。それと、どう戦うというか、葛藤があってこそ、今があるという感じですね」

制作総監督を務めた、昨年の音楽舞台「月に抱かれた日~ガラシャとマリー・アントワネット~」では、細川ガラシャを演じ、バイオリンを弾き、映像プロデュースにもチャレンジした。

「映像は全くの素人、初めてで不安もあったけど、イメージが明確にありました。だから、分野、分野のエキスパートを集めれば、絶対できると思って。いろいろいろ一生懸命説明して、お願いしてできました」。

タイトルにある「越境するヴァイオリンミューズ」を体現している。

「西洋のものを一生懸命、理想に近づけてというのではなくて、今の自分なら、今のバイオリンならではというものなので。自分の中にあるアイデンティティーは、日本は外せないんですよね。自然に和楽器と合うんですよね」

会場となるBunkamuraオーチャードホールは、来年4月から再開発に伴う長期休館に入る

「デビューした頃から、大事な節目、節目にはオーチャードホールが多かったんです。しばらくは休館になっちゃって、あと何年先になるかわからない感じなんです。20周年で何かをやろうとなった時はオーチャドホールでと、最初に決めました」

その20周年もコロナ禍で、2年間待たされた。

「皆さんの前で弾く機会が激減して、ほとんどなくなりました。その分、プライベートが充実してね。娘の花音と一緒に、もう赤ちゃん以来のゆっくり向き合える時間があったことはよかったですね。でも、もう高校1年生で、独立した子だから、一緒に過ごしたいと思ってるのは私の方だけなんです(笑い)。あとはこのコンサートみたいに新しいことを考える時間が出来ました」

20年前に思い描いていた夢がある。

「自分の音楽をやれる人になりたかった。“タンゴの革命児”と言われた(アストル・)ピアソラに憧れていたんですよ。自分の音楽を作って、歩んでいける人になっているといいなって思っていました。ぼんやりとね」

夢を実現して、これからも歩み続けていく。

◆川井郁子(かわい・いくこ)1968年(昭43)1月19日、香川県高松市生まれ。6歳でバイオリンを始め、東京芸大を卒業。98年映画「絆-きずな-」で女優デビュー。00年アルバム「The Red Violin」でCDデビュー。13年映画「北のカナリアたち」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞。大阪芸大教授。