脚本開発チーム「WDRプロジェクト」NHKが世界を驚かせるドラマへ新たな試み

「WDRプロジェクト」ロゴ

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世界をあっと驚かせるドラマの誕生を目指し、NHKが新しい試みをスタートさせた。

作品の根幹となる脚本開発に力を入れるべく、立ち上げたのは「WDR(ライターズ・ディベロップメント・ルーム)プロジェクト」。海外では一般的な、チームによる脚本執筆システム「ライターズルーム」を参考にしたという。どんなプロジェクトなのか、発起人の保坂慶太氏(39)、中心メンバーの中山英臣氏(40)に話を聞いた。

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「WDR-」では、公募により選抜されたメンバーがそれぞれオリジナルの脚本を執筆。定期開催する会議の中でお互いの物語を共有し、アイデアを交換しながら脚本の完成度を高めていく。

日本放送作家協会と共催する「創作テレビドラマ大賞」など完成脚本が対象となるコンテストはあるが、今回は面白い脚本を作るための“仲間集め”が出発点となる。プロジェクトの代表を務める保坂氏は「そのメンバーを募集すること自体、NHKでは初めてですし、放送が始まる前からこういう体制で脚本を開発していくことは極めて珍しいと思います」。書き直しを重ねてパイロット版を完成させ、プロジェクト発の脚本をシリーズドラマとして世に送り出すことが目標となる。

「WDR」は「Writers’ Development Room」の略。海外では一般的という、複数の脚本家が物語について議論、共同執筆する場所「ライターズルーム」の要素を取り入れた。内容に行き詰まっても、メンバーに意見を聞きながら脚本をブラッシュアップできるメリットがある。局の海外派遣制度を利用し、19年に米国の大学で脚本執筆を学んだ保坂氏は「実体験として自分が学んできたので、そういうやり方をプロの現場で試してみたい」と語る。

Netflixなど動画配信サービスの隆盛で世界中の映像作品を楽しめるようになった一方、「個人的な感情ですが、コンテンツを見比べられる時代になっていって、いろんな意味で作り方を変えていかないと太刀打ちきかなくなる」と危機感を募らせる。プロジェクトは、1人の脚本家が執筆を進める日本の王道スタイルを否定するものではなく「今までのものがダメだからやるんでしょ? と言われるんですが、中にはうまくいっているものも当然あるし、一緒くたにはできない。でも、少なくとも今回やろうとしている形ではやったことがない。だからやってみようよと」と意図を語る。

日本で小規模にライターズルームを実践するドラマチームがあることも想像するが、NHKが局としてプロジェクト開始を宣言することに意味を見いだす。発表後、元々その存在を知る同業者からのリアクションは大きいといい、メンバーの中山氏は「旗印が立って、やりたいと思っている人がいっぱいいたんだなと。肌感覚で感じています」。00年代の「24 TWENTY FOUR」に代表される米ドラマの流行に始まり、近年は韓国ドラマが世界のトレンドで「ライターズルームの効果や良さみたいなものを、まざまざと見せつけられてきた。最初は『まあアメリカのドラマだからな』と言っていたけれど、韓国のドラマもどんどん面白くなってきて。そういう危機感をみんな持っていた」と話す。

番組制作者として、脚本の重要性は身に染みている。保坂氏は「脚本はプロダクション(製作)における最上流。川だとすれば、その差は放送に至るまでにどんどん大きくなる」と言い切り、ドキュメンタリーからバラエティーまで広く経験する中山氏も「ダメな脚本から名作が生まれることはない」と同調する。最先端の映像技術やハリウッド規模のロケを日々のドラマ制作に持ち込むことは難しいが、保坂氏は「(脚本は)本質的には紙と鉛筆があれば誰でも書ける。ちょっとした投資で勝負できるなら、勝ち目はあるのかな」と期待。中山氏はチームで取り組む利点について「1人だと、多分折れてしまう。チームはみんなでやれるし、補っていけば逃げなくて済む。ずっと向き合っていける気がする。そういう環境が作れると、いいものは絶対作れると思う」と力を込めた。

ライターに求める方向性は明確で、募集要項には「イッキ見したくなる海外ドラマのような脚本」を掲げる。課題は最長でも15ページ、人物表やあらすじは不要という取り組みやすさも特徴だ。先月末に募集を開始し、作品は続々到着しているという。「ここから新しいものが生まれるかもしれないという、期待感を持ってもらえるとありがたい」と保坂氏。中山氏も「単純に、世界を驚かせてみたいじゃないですか。日本のコンテンツで」と意欲を見せる。応募締め切りは31日まで。NHKから、世界中をとりこにするドラマを目指す。【遠藤尚子】

◆中山英臣(なかやま・ひでお)1982年(昭57)2月21日生まれ。制作会社などを経て、17年NHK入局。これまで「ノーナレ」「逆転人生」「ブラタモリ」などを担当。現在は音楽番組「SONGS」のディレクターを務める。保坂氏から「ドラマ以外の目線を」と声をかけられて参加。

◆保坂慶太(ほさか・けいた)1983年(昭58)1月10日生まれ。07年NHK入局。19年、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)でシリーズドラマの脚本執筆コースを修了。大河「真田丸」、朝ドラ「まんぷく」などの演出を務め、現在は「鎌倉殿の13人」を担当する。

■「となりのシムラ」中山氏が番組制作

○…中山氏は、志村けんさんが出演したコント番組「となりのシムラ」でプロデューサーを務めた。脚本に妥協しなかった志村さんの姿勢に多くの学びを得たといい「勝負でしたね、毎回。これは面白いと思って持って行くんだけど、『違う』と返されることもあった」。集中力もすさまじく「沈黙が全然怖くない人なので、考え始めると、平気で30分僕らをほったらかしにする」と苦笑した。コント案を20本ほど持参すると、読みながら自然と志村さんの選別が始まり「どうにかひっくり返そうとしても返せなかったり。最大公約数を取りに行きたい人だったので、一部のマニアックなものにはしたくないというこだわりが強かった。みんなに届けてなんぼという思いはあったと思います」と語った。

■「才能をすくい取りたい」メンバーの1人川口俊介氏

○…メンバーの1人で広報プロデューサーを務める川口俊介氏は、良質な作品を送り出すことはもとより「才能をすくい取りたい」と話す。脚本家への道の1つとして認知してもらうことも目的で「賞を取ったり完成形の脚本が評価されることはあるけれど、才能を評価して育てていくシステムがなかった。手を挙げる人が、(業界に)どう入っていけばいいのかが分かることが大事。長い戦いの初年度なのかな」。純粋な脚本家志望はもちろん「何か書いてみたいなっていう人や、地方にいてどう書けばいいのかと悩んでいた人が集まってくるような場所になれば」と話している。