高齢者に“最後”を選ぶ権利を与える日本を描いた映画が今、ヒットする理由と意義とは

映画「PLAN75」公開記念舞台あいさつに出席した、左からステファニー・アリアン、早川千絵監督、倍賞千恵子、磯村勇斗(2022年6月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

満75歳から生死の選択権を与える社会制度を施行した、近い将来の日本を描いた映画「PLAN 75」(早川千絵監督)が、スマッシュヒットしている。6月17日に全国90館で封切られ、初日から19日間で、興行収入(興収)は2億円を突破。公開から1カ月以上が過ぎたが、上映館は最大で176館まで拡大。興収も7月28日時点で2億9000万円を記録した。

同作は、早川千絵監督(45)の長編初監督作で、世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭(フランス)の、ある視点部門に出品。新人監督賞「カメラ・ドール」には至らなかったものの、準ずる作品と評価されスペシャルメンションを5月28日(日本時間29日)に授与された。そのことが知名度アップにつながったのは間違いないだろうが、ここまでのヒットにつながったのは、ひとえに作品の持つ力…具体的には賛否両論があるであろう、センセーショナルとも言うべき、その内容からだろう。

主演の倍賞千恵子(81)演じる角谷ミチは、夫と死別し、子どももいないため長年、1人暮らしを続け、78歳になってもホテルの客室清掃で生計を立て、誰の世話にもならずに生きてきた。職場では同年代の女性と助け合っていたが、同僚が勤務中に倒れたことを機に退職を申し渡される。

折しも、日本は少子高齢化が急速に進み、政府は解決策として75歳以上の高齢者に自らの“最後”を選ぶ権利を認め、支援する社会制度<プラン 75>を施行する。ミチは、ついのすみかと思っていた団地の取り壊しも決まり、新居と職を探すも高齢を理由に決まらず、追い詰められた結果<プラン 75>を申請する。

公開前の6月2日に、都内でシニア限定試写会が開かれ、上映後に早川監督の質疑応答が行われた。その中で、倍賞演じるミチと同年代とみられる観客から

「見ていて気分が落ち込んだ」

「私が<プラン75>を選択したら、2人の息子は許さないと思った。よく考えてみたいと思った」

など、率直な意見が出た。さらに

「いつ頃、何をきっかけで、こういう映画を撮りたいと思ったのか? 国会か何かで将来、こういうことがあり得るのは怖いことじゃないか?」

との質問も出た。早川監督は、次のように答えた。

「ここ何年か『自己責任』という言葉が増えて、社会的弱者が追い込まれるようになり、憤りがあった。私が子どもの頃、長生きが良いことだと教えられた。お年寄りを敬う…それが最近、ネガティブになった。孤独死、お金がなくなってと不安があおられ、高齢化の問題の怒りが、お年寄りに向かって、若者との分断が起きる危機感があった。<プラン75>という制度が近いうちに出来てもおかしくない。問題提起したく、作った」

「PLAN 75」はテーマ、題材から考えてもシニア層向けの映画だろう。それが、若い世代も映画館に足を運び、シニア世代との交流が生まれていると語るのが、映画に出演した磯村勇斗(29)だ。7月7日に都内で行われた大ヒット記念舞台あいさつで、磯村は同い年の友人が映画館で「PLAN 75」を見て、シニア世代に声をかけられて交流したエピソードを明かした。

「地方に住む同い年の友だちが、ご年配の方の中で29歳の自分が見るだけでも、グッとくると(言っていた)。『若いのに、なんで見に来たの?』と声をかけてもらったそうです。(友人は)『自分が75歳になった時の人生の選択肢の参考にしたい』と。何で、そういう答えをしたか分かりませんが」

その上で

「(友人が口にした)答えは、どうでも良くて…。若い世代が『PLAN 75』をきっかけに(シニア世代と)映画館で交流していることが、すごく、すてきなことだと思って。お互い(若い世代とシニア世代)が、何で見に来たのかに興味を持つことが、未来に向けて何か良いことが、この瞬間、生まれると思う」

と力を込めた。

磯村は、市役所の<プラン 75>申請窓口で働く岡部ヒロムを演じた。ヒロムは“最後”の選択の相談に来た高齢者に、淡々と接し<プラン 75>を勧める。市役所の外で展開するキャンペーン中に、反対派から汚物を投げ付けられても、制度に対して何ら疑問も抱いていなかった。それが、叔父の幸夫(たかお鷹)が申請に訪れたことで、近親者のため担当から外れ、孤独な叔父と向き合う中で<プラン 75>に理不尽さを感じるようになる。

ヒロムはシニア以外の観客、特に若い世代の観客の目線になり得るキャラクターと言えるだろう。磯村は、舞台あいさつの最後に「たくさんの方に見ていただいて、ヒット御礼舞台あいさつをさせていただくのも、なかなかないこと。ご年配の方が見ていると思うんですけど、自分たち世代の若い人にも知って欲しい、社会、世界に関心を持って欲しい。何でも良いんですけど、広めてもらえると、うれしい」と力を込めた。

磯村がトークで語ったように、幅広い世代の観客を集めていることが、ヒットにつながったのではないだろうか。その要因は、シニア世代と若者との分断に危機感を抱き、問題提起のために映画を作った監督の思いが、広く伝わったことだと記者は分析している。そうした各世代の観客が、考える1つのポイントになりうるのが、自らの“最後”を選ぶ権利を認める線引きに設定した、75歳という年齢ではないだろうか?

シニア限定試写会でも、早川監督に対し、75歳という年齢の区切りを作った理由を問う質問が出た。同監督は

「ある時から、後期高齢者というものが出来た。人生の最後の最後と言われているような気がして、とても嫌だった。人によって状況、感覚が違う。国が一律で年齢で区切ることに、違和感があった。それで75歳という年齢設定をした」

と説明した。一方で

「プランを求める人を否定したくない。一方で、人が生きているだけで尊いものだ、というメッセージを込めたいと思い(映画は)こういう終わりになった」

と説明した。

昨今、再び新型コロナウイルスの感染が拡大し、各都道府県で感染者数の最多記録を更新し、感染の第7波に見舞われている。その中、大阪府の吉村洋文知事は7月27日に、重症化リスクが高い高齢者を守ることを理由に、高齢者に不要不急の外出を控え、高齢者の同居家族に感染リスクが高い行動を控えるよう要請すると決めた。

コロナ禍に陥って3年目で、初めて行動制限がない夏を迎えながら、命を守るためとはいえ、高齢者という線引きが、なされ始めている。そんな中「PLAN 75」を見れば、若い世代も高齢者も、きっと、さまざまなことを思い、考えるだろう。

確かに、重いテーマの映画だ。記者の周りでも「映画を見て重い気持ちになった」という声はある。ただ、記者は「PLAN 75」の中に、少なくとも3つの生きる希望を見いだした。世代問わず、息苦しさ、生きづらさを少なからず感じている昨今だからこそ、この映画を見て、世代を超えて語り合って欲しい。記者は今、大切だったり、心が通い合っていると思っている何人かに、この映画を見てもらって語り合いたい…そう、強く思っている。【村上幸将】