女優岸恵子(90)が30日、東京・新宿文化センター大ホールで「岸恵子 スペシャルトークショー『いまを生きる』」を開いた。
1951年(昭26)に映画「我が家は楽し」で女優デビュー。70年以上たった今でも、作家・ジャーナリストとして活躍。エッセイストとしても高い評価を受けている。
進行役の元日本テレビの松本しのぶアナウンサー(53)に紹介された岸は、ヨシエイナバのシックな黒いドレスに身を包んで、イケメン2人にエスコートされて登場。「私の孫のロスコとジャクソンです」と、フランス人映画監督イブ・シャンピとの間の1人娘デルフィーヌ=麻衣子さんの息子2人を紹介した。
そして、01年に公開され、日刊スポーツ映画大賞、日本アカデミー賞などの主演女優賞を受賞した映画「かあちゃん」の故市川崑監督のことを振り返った。パリ在住の岸は、市川監督から直接「帰ってきてよ」とオファーがあったことを明かして「今度は人殺し。5人の首を絞めるあんたにピッタリの役や」と言われたと話した。「40代半ばの役で、その時の私は69歳。『無理です』と言ったんですけど、市川監督が『自信がある』とおっしゃったんです」と笑った。
57年にイヴ・シャンピと結婚。61年には岸自身が企画を進めた日仏合作映画「スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜」をシャンピ監督で制作、岸も出演した。「モスクワ映画祭に出品しようとしたら、当時のソ連が『我が国にはそんなスパイはいなかった』と入れてくれなかった。でも、パリのソ連大使が、当時のソ連の最高権力者だったフルシチョフ大統領に直接送ったことで、ソ連の全21館で公開されました。当時、それを見て、今のプーチン大統領がKGB(ソ連国家保安委員会)に入ろうと思ったと聞いています」と話した。
そして「ロシアのいろいろなところに行きましたが、みんないい人ばかりでした。ウクライナの人もいい人ばかり。その人たちが殺し合いをしている」と、この日のギャラをウクライナ難民のために「国境なき医師団」に全額寄付してすることを明かした。「最初はウクライナに寄付しようかと思ったんですけど、それだとそのお金が弾丸になってしまうかもしれない。この戦争はいつになったら終わるんでしょうか。日本の人にも、もっと世界に出て行って主張してほしい」と話した。
現在、岸は「あと2冊本を書いたらサッサと死にたい(笑い)」と考えているという。「1冊は身体にしてはいけないことを書きたい。もう1冊は石原慎太郎とか出会って印象に残っている人のことを書き残しておきたい。石原さんは何十年ぶりかで会ったら『まいったな、もっと老けてるかと思った』と。すてきな方でした」と話した。
そして「このトークショーの題名の『いまを生きる』の今は、昨日の歴史の上にある。昨日の続きが今日。今を一生懸命生きなきゃ、明日がない。今を一生懸命生きることで、いい明日がある。これからも短いかもしれませんが歴史をつくっていきたいですね」とほほ笑んだ。
最後は、松本アナの夫でもある作曲家の岩代太郎氏(57)が登場して、岸にささげるオリジナル楽曲「麗しの恵子ちゃん」をピアノで演奏。夫婦で岸をエスコートして退場した。
◆岸恵子(きし・けいこ)1932年(昭7)8月11日、横浜生まれ。1951年(昭26)に松竹専属となり映画「我が家は楽し」で女優デビュー。53~54年「君の名は」3部作、54年「女の園」が大ヒット。55年「亡命記」で東南アジア映画祭最優秀主演女優賞。57年フランスの映画監督イヴ・シャンピと結婚して渡仏。60年映画「おとうと」でブルーリボン主演女優賞。61年映画「黒い十人の女」。72年映画「約束」。75年離婚。83年映画「細雪」、エッセー「巴里の空はあかね雲」で文芸大賞エッセー賞。00年日本に帰国。01年映画「かあちゃん」で日刊スポーツ映画大賞、日本アカデミー賞主演女優賞。04年旭日小綬章。11年フランス政府から芸術文化勲章コマンドール授与。21年「岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない」。