歌手で俳優のケニー大倉(49)が50歳の誕生日の前日にあたる22日、東京・銀座タクトで「KENNY 50th BIRTHDAY LIVE 2022~夢の続きVol.4~」を開いた。
この日は2部構成で、ケニーはアンコールを含めて全20曲を熱唱。1部は、フリフリシャツにキラキラの王子様仕様の衣装で登場して「こんな50歳、どこを探してもいないと思うよ。ヒラヒラを着てるからね(笑い)。半世紀生きて50歳になるけど“奇跡の50歳”を目指します」と宣言。まさかの歌謡曲中心の構成で、オープニングの「2億4千万の瞳」から「君がいるだけで」「涙のリクエスト」などを汗だくで熱唱した。
2部では黒いタキシードにお色直し。髪の毛をジェルでなでつけて、オールバックにして額を全開。「生まれて初めてタキシードを着ました。オールバックは顔がでかいのがばれるから嫌だったんだけど、スタッフたちに“顔がデカプリオ”とか言われてジェルを塗られちゃいました(笑い)。次は日本アカデミー賞の表彰式でタキシードを着たいと思います」と宣言した。
途中で、母親のマリーさんがステージ上に登場。お酒の入ったマリーさんから「あんた、50歳になったの」と言われると、ケニーはずっこけながらも「産んでくれてありがとう」と花束を渡した。そして「おやじのジョニーとも、親子になれたことは最高の財産だと思っています」と、14年に62歳で亡くなった父ジョニー大倉さんに感謝の言葉を述べて、ジョニーさんにささげた「月に抱かれて-Moon Light Love-」を歌い上げた。
昨年リリースした「Tenderly~明日の君へ~」とカップリング曲の「不滅のロックスター」を熱唱したケニーは「この歌をテレビで、紅白歌合戦で歌いたい」。そして「まさか自分が50歳になるとは思わなかった。これからは自分が50歳ということをかみしめながら生きていこうと思います」と話した。
ここで弟の大倉弘也(43)が登場して、ジョニー大倉バージョンの「監獄ロック」を披露。「お兄ちゃん、これからまだまだ活躍して」と“上から目線”で激励した。
ケニーは1989年(平元)に17歳で映画「嵐の中のイチゴたち」で毛利賢一の芸名で俳優デビュー。歌手として俳優として活躍したジョニーさんに対して「おやじに負けたくないという気持ちで、母方の毛利という姓を名乗りました」と振り返った。
その後、30歳の時に芸能界を離れ、飲食業で9年間働いた。「40歳をすぎて芸能界に戻ってきました。遠回りしたけど、人との出会いが僕を支えてくれた。作詞家の売野雅勇先生と出会い、先生が“人生の師匠”となったブリキのおもちゃ博物館館長の北原照久さんを紹介してくれました。おふたりが『ケン坊は愛される性格だから大丈夫だよ』と励ましてくれた。おふたりに教えてもらったこと、そして今日来てくださった皆さんへの感謝の気持ちを忘れずにやっていきたい。これからもケニー大倉をもっと応援していただきたいと思っております。よろしくお願いします」と頭を下げた。
最後は18年に63歳で亡くなった西城秀樹さんの78年のヒットバラード「ブルースカイブルー」を歌い上げた。
アンコールで登場したケニーは「僕にはもう1人、敬意を表さなければいけない人がいます。それは永ちゃんです」と、父ジョニーさんと伝説のバンド「キャロル」の盟友だった矢沢永吉(73)の名前を挙げた。「僕は矢沢永吉さんに赤ちゃんの頃におしめを替えてもらったことがあります。父も矢沢さんに会えたことを感謝していました」と話して、矢沢の曲で一番好きだという「もう一人の俺」を歌った。そしてキャロルメドレーを披露して、最後は自身の代表曲「泣かないでベイビー」をノリノリで歌い上げた。