インティマシー・コーディネーターの仕事 濡れ場シーンの監督と俳優の仲介者/浅田さんに聞く

インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さん

<ニュースの教科書>

インティマシー・コーディネーター。ここ1~2年、耳にする仕事です。日本語に訳すと、濡(ぬ)れ場シーンでの制作と俳優の仲介者、といったところでしょうか。米映画界での「#Me Too運動」がきっかけで18年ごろに誕生した仕事ですが、昨今の性加害報道は日本のエンタメ界も無縁ではありません。BS-TBS連続ドラマ「サワコ-それは、果てなき復讐-」(日曜午後11時)では、日本の民放連ドラとしては初めて同コーディネーターを起用。担当する浅田智穂さん(46)に仕事の内容や必要性を聞きました。【竹村章】

アメリカで生まれた仕事なので、使われる言葉は当然英語だ。インティマシーとは「親密さ」と訳される。映画やドラマの制作現場で、セックスやヌード、キスシーンなど、いわゆる濡れ場(インティマシー)の撮影の際、監督と俳優の間を取り持つ仕事だ。

例えば、キスシーンといっても、軽い口づけからディープキス、さらには舌を入れたり、あるいは双方が舌をからめあうなど、そのシーンは幅広い。ある女優はキスシーンが自身のファーストキスだったこともあり、その後トラウマになったケースもあったという。裸をさらすヌードシーンはなおさらだ。

制作側の希望や要望、期待を理解した上で、俳優に事前に確認を取り、精神的にも身体的にもサポートする仕事。20年に、ネットフリックスが「彼女」を制作する際に導入された。だが、この仕事ができる日本人はいない。そこで、03年の東京国際映画祭で審査員の通訳を務めたことをきっかけに、日本のエンタメ界と関わり、日米合作映画で通訳として参加していた浅田さんに白羽の矢が立った。

アメリカには主にIPA(Intimacy Professionals Association)やIDC(Intimacy Directors and Coordinators)などの団体があり、浅田さんはIPAの所属。当然、トレーニングは英語で、日本でこの仕事に就くのは、浅田さんと同じくIPA所属の西山ももこさんしかいない。

-何を学ぶのですか

浅田氏 ジェンダーの知識やLGBTQについて、俳優組合のルール、何がハラスメントなのかや前貼りや性器の保護アイテムまで勉強しました。ありがちなトラブル例も学びます。全部で75時間ほどですかね。もちろん試験もあります。

-学んだことで大切なことは

浅田氏 いかに安全に撮影ができるかですかね。制作側と俳優側とで、細かい部分まで同意を得られるようにすることです。同意も、何をもって同意かという確認も大切です。

-日本での仕事は増えてますか

浅田氏 増えてます。「サワコ」で12~13本目ですね。映画だと、インティマシー・コーディネーターが入ったと公表すると、ネタばれにもつながるので、公開されて字幕で明らかになることもあります。

-3人目の日本人は

浅田氏 需要もあるので、将来的には日本語のトレーニングカリキュラムを作りたいという希望はあるのですが、現状では、目の前の仕事に丁寧に真摯(しんし)に取り組むことで精いっぱいです。

-仕事は台本のチェックから

浅田氏 台本の中にインティマシーシーンがあることを確認します。ラブシーンも台本だけでは分からない部分もあり、脚本家が別にいる時は、監督の想像が違う時も。監督には想定している演出や露出度をヒアリングし、キスシーンなら舌を入れるのかどうかや、濡れ場シーンならどのように体に触れるのかを確認します。

-そして役者に説明を

浅田氏 ヌードシーンでもどこまでがOKなのかを俳優さんに確認し、監督の意向と擦り合わせすることも大切です。監督さんによっては、詳細な演出プランがまだない時もありますが、事前のお互いの同意があることが大切です。

-浅田さんの立場は

浅田氏 中立です。いい作品にするために参加しているので、監督のやりたいことはできるだけ応援したい。でも、それが俳優のプレッシャーになっても困るので、事前に確認をしたいんです。

-双方から敵だとみなされることも

浅田氏 監督さん側からすれば、表現の自由の敵みたいに思われたり、役者さんには、脱がす人なんでしょと思われたり。

-濡れ場をマイルドにする人ではない

浅田氏 そうです。私は激しい描写にストップをかける人ではありません。激しい描写をしたい監督がいて、事前に俳優さんの同意が得られていれば全く問題はありません。

-確認が大切

浅田氏 監督さんも、ここまでができるという事前了解があれば、その上での演出ができると思います。役者さんは、事前にここまではしないと分かっているので、安心して撮影に臨めます。

-仕事を引き受ける3つの前提をお持ちです

浅田氏 ガイドラインというか(1)俳優さんに事前の同意を取ること(2)性器の露出は避け必ず前貼りをつけること(3)クローズドセットで行うことです。細かい演出は決まっていないという監督さんもいますが、アクションシーンの撮影だと、事前準備がおろそかだと事故を招きますよね。撮影の時も極力少人数で、モニターも壁側にむけるなど、見られないような配慮も求めます。

-濡れ場シーンは作品の宣伝材料だし、演じた女優さんも評価されます

浅田氏 それはこの世界がまだ男性主体だからではないでしょうか。評価する側も男性が多いですし、性の商品化につながるのでは。男性目線が見直されてほしいと思います。アメリカの作品からは、レイプシーンや激しい性描写が減っています。これは世論を見てのことだと思います。

-「サワコ-」では俳優のファンに感謝されたとか

浅田氏 若い役者さんが多いのですが、ファンの方からは自分の推しを守ってくれてありがとう、という声が寄せられました。見る側も安心しているということですね。視聴者側の要望で、世論も変わっていくのではないでしょうか。

■滝本監督「やりやすくなった」

インティマシー・コーディネーターの参加で制作現場はどのように変わったのか。演出を担う滝本憲吾監督(43)に聞いた。

-進行の変化などありましたか

滝本監督 やりやすくなりました。本来ならとても気を使うことなので。アクションなどと同じ専門分野なので、僕のやりたい演出を伝え、役者に伝えてくれて。ただ、ちょっとの変更、間とか、細かなしぐさなどでも伝えないといけないのかなど、迷うところはありました。

-今後も必要だと思われますか

滝本監督 いたことに越したことはないと思います。役者さんも安心だと思うのでマイナスはないと思います。ただ、予算というか金銭的な問題で体制的に組めないところも出てくるのでは。ただでさえ現場の人数が削減されているので。

-昨今の業界の性加害報道などについてお聞かせください

滝本監督 僕はうわさレベルしか知らないので。僕的には制作スタッフも、役者サイド、制作体制、現場にはいない人々の思いが錯綜(さくそう)しているので、本当にいろいろな人がいるので、その都度起きていることも形は似ているけれど、内容は違います。だから、真摯にやっていくしかない。逆にそうならないように、コミュニケーションをとらない人もいるぐらいなので、今度はそれが問題になったりと、問題はつきません。1つ言えるのは制作体制を見直す良い機会だと本当に思います。

▼BS-TBS連続ドラマ「サワコ-それは、果てなき復讐-」(日曜午後11時) 井上ハヤオキ氏の人気電子コミック「サワコ」が原作。主人公のサワコが、元同僚のマチカの人間関係に侵食し破壊していく、ラブホラーサスペンス。主人公のサワコを趣里(31)、マチカを深川麻衣(31)が演じる。ほか小関裕太、曽田陵介、庄司浩平、平井亜門らが出演。

▼第5話(30日放送) 明乃の一件以来、会社での居場所がなくなってしまったマチカ(深川麻衣)。健介(曽田陵介)のサワコ(趣里)への傾倒は強くなる一方で、友人のノノ(平井亜門)は心配する。マチカも健介に対し、もうサワコと関わらないように忠告するが、健介は聞く耳を持たない。

◆竹村章(たけむら・あきら)1987年(昭62)入社。販売局、編集局地方部などを経て文化社会部。芸能全般のほか、放送局などメディア関連の担当が長い。テレビ特集ページ「TV LIFE」や「ドラマグランプリ」を立ち上げる。各種映画賞などの選考経過を振り返ると、男性審査員目線が優先となり、女優の体を張った演技への称賛が、ふと記憶に残る。