濱口竜介監督(43)が27日、都内で開催中の東京国際映画祭で行われた、1994年(平6)の台湾映画「エドワード・ヤンの恋愛時代 レストア版」トークショーに登壇した。
同作を製作したエドワード・ヤン監督は、世界の映画史に残る傑作の1本として知られる、1991年(平3)の「■嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」を手掛けた。同作は、61年に台湾で起き、同監督が衝撃を受けた中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフに描いた青春映画で、東京国際映画祭では16年に236分の完成版のKレストア・デジタルリマスター版が上映。ヤン監督の死から10年の節目を迎えた翌17年3月に、日本で25年ぶりに上映された。「エドワード・ヤンの恋愛時代」は、その次の作品となり、4Kレストア版は今年のベネチア映画祭で上映された。
濱口監督は、トークショーの前に観客と一緒に客席で映画を鑑賞してから登壇。東京国際映画祭の市山尚三プログラミング・ディレクターから「権利関係が、ややこしくて、台湾でも上映されていませんでした。ところが今年、ベネチア映画祭でレストア版が上映されることが分かり、ヤンの奥様に、ぜひ上映したいと言い、実現しました」と上映の経緯を聞くと、うなずいた。そして映画を見た印象を語った。
濱口監督 (初見は)恐らく00年代初めに…公開の頃は見逃しました。その時の印象は、こういうような映画を撮るのか…これまでとは異質なエドワード・ヤンを見ました。(トークショーに向けて)全て長編を見直してきたけれど、1作、1作、大胆に自分を更新しているんだなと実感しました。特に「■嶺街少年殺人事件」は、映画史上に残る大傑作の1本。作品を作るのは本当の大変だったんだなという気がして。それがあって、これ(『エドワード・ヤンの恋愛時代』)が生まれたんだと思う。時系列で見ていると、大きな跳躍だったと分かってきた。(ヤン監督は)台北にこだわって映画を撮られたんだと思うんですけど、全く違う台北を描こうとしている。彼自身も変わったんだろうけど、台北も大きく変わり、恋愛コメディーのような映画を作ったのかなと思う。
07年に亡くなったヤン監督は、結果的に遺作となった00年の映画「ヤンヤン 夏の想い出」で、カンヌ映画祭監督賞を受賞した。同作でアソシエイト・プロデューサーを務めた久保田修氏は、濱口監督の18年「寝ても覚めても」でスーパーバイジングプロデューサー、米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した21年「ドライブ・マイカー」でエグゼクティブプロデューサーを務めた縁がある。濱口監督は「久保田さんから、ヤン監督の話を聞くのは楽しい体験」と笑みを浮かべた。
ヤン監督は「大体、いつも予算オーバーして、なかなか調整がつかない。台湾の権利者がもめているかトラブっているかも知れない。」(市山氏)といい「エドワード・ヤンの恋愛時代」と96年の「カップルズ」は、上映自体が難しかったという。同監督の初長編映画の83年「海辺の一日」も、濱口監督は台湾の関係者からブルーレイを入手して見たというが、市山氏は「海外では上映できない」と説明した。
濱口監督は「何と!? いつか見られると思いますので、何とかしてください」と市山氏にリクエストした。その上で「一体、どうやって充実した映画を毎ショット、毎ショット作るんだと。やり切ってお金がなくなると、また集める…したくはないですけど、あるべき姿なのかも知れません。ヤン監督は、ものすごくインディペンデント精神で作っていると思う」と評した。その上で「絶望的な状況から、どうやって人生が生きるに値するか、というのをやり続けた人。全作、上映される日を楽しみにしています」とヤン監督の作品の上映に期待した。
濱口監督はトークショーの最後に、市山氏から「濱口監督の新作に期待します」と突っ込まれたが「いつになるやら…」とかわし、笑った。
※■は牛ヘンに古