吉岡秀隆は2度死んだ…黒澤明監督に「山田組」の悪態をついていたらそこに山田洋次監督が来て…

東京国際映画祭「黒澤明の愛した映画」部門に出品された、映画「晩春」トークショーで笑顔の吉岡秀隆(撮影・加藤理沙)

俳優吉岡秀隆(52)が29日、都内で、東京国際映画祭「黒澤明の愛した映画」部門に出品された、映画「晩春」(49年公開、4Kデジタル修復版)トークショーに登壇し、黒澤監督との思い出を話した。

吉岡は黒澤監督の映画「八月の狂詩曲」に出演。それ以前に「北の国から'89 帰郷」に出演し、19歳で一度芝居から離れようとしていたときにオーディションの連絡が来たという。

オーディション当時の黒澤監督を「大きい白い岩みたいな感じ」と笑わせた。さらに「僕はジーパン、立ち食いのカレーうどんの汁がついているTシャツの状態で。ゲラゲラ笑われて『なんでそんな状態なんだい?』と言われて、その後台本を渡されて『じゃあよろしくね』と言われました」と振り返った。

山田洋次監督が「八月の狂詩曲」の現場に訪れ、2人に芝居を見られる機会もあったと明かし、吉岡は「僕、一度その時に死んでいるかもしれないです。その時の写真、僕顔が真っ白なんです」と会場を笑わせた。

さらに、監督二人の現場の違いを「黒澤監督の現場は僕のためにキャンピングカーがあって、冷蔵庫には僕の好きな飲み物がある。撮影後には俳優部の方が声を掛けてくれました」という一方で、「山田組だと僕がいることを忘れて帰ることが1度や2度ではないので」と笑顔で振り返った。

1番の思い出を「お正月に呼ばれた時」といい「23歳くらいでお酒飲んで酔って、黒澤監督に『山田組とは違うのか?』と聞かれて僕も悪態をついていたら、そこに山田監督が来て…僕の2度目の死でした。それで頭もこんな感じ(白髪交じり)になってしまいました」と最後まで会場を盛り上げた。

その上で「八月の狂詩曲」は吉岡にとって「自分のお芝居で精いっぱいだったのが、"作品作りに参加していること"を教えてくれた、19歳のうれしい出来事でした」と振り返った。