若き才能が、突然逝った。歌手や俳優などさまざまなジャンルで活動していたYOSHIこと、佐々木嘉純さんが5日未明、バイクによる事故で命を落とした。まだ19歳だった。20年の春、ちょうど新型コロナウイルスが猛威をふるい始めたころ、単独インタビューをした。
当時、YOSHIさんは17歳。さまざまな分野で異彩を放つ存在でありつつ、バラエティー番組では基本“タメ口”で、自由な振る舞いからネットがたびたび炎上する人物が、どんな人なのだろうと、取材した。YOSHIさんと記者は、ちょうど20歳違い。取材現場に現れると「今日はよろしくお願いしまっす! スポーツ新聞、知ってますよ!!」。初対面からそんなハイテンション。確かに、インタビュー中もほとんど「タメ口」だった記憶があるが、不思議と「生意気だな」とか「失礼な人だ」という思いは抱かなかった。
奔放にみえる振る舞いや、そのコミュニケーションの裏側にあるルーツは、インタビュー中に、すぐ分かった。
「テレビはあまり見ないけど、ニュースだけは唯一見るんです。ただ基本的に、僕は人と会って情報を得ることが多い。縦の情報より、横の情報を大切にするんです。単純に人と話すのが好きだし、人と人とがコネクトしていかないと、感情って伝わらないじゃないですか」
相手が誰だろうと、態度は変えない。根底にあるのは、相手へのリスペクトだ。だから、嫌な気持ちはしない。
「年齢は関係ない。自分は03年に生まれたくて生まれたわけでもないし、みんな同じ人間。社会としての決まりを分かった上でのこのキャラなら問題ないと思うし、人に対してのリスペクトがあれば、何でもいいと思うので」
小学生の頃、大好きだったミニ4駆の大会に出るうちに、年上の大人と付き合う機会が増えたといい、「同年代とはまったく合わない(笑い)。一番友達が多いのは30代とかです」。ファッションや音楽に目覚めたのも、人と人とのつながり。13歳の時に、ファッションブランド「OFF WHITE」のベルトを首に巻いて店舗に訪れた時に、デザイナーのヴァージル・アブロー氏と出会ったことで、芸能の道が開けていったのもうなずけた。
ただ、17歳ならではの素直な思いも明かしてくれていた。「今、会ってみたい人は?」と質問すると「本当の自分に会ってみたい…かな。今、僕自身は壁に当たっていて、努力しないといけない瞬間だと思っています。周りからはポジティブと言われるんですけど、まっとうなネガティブだと思ってて…(苦笑い)。あっ、これメディアで初めて言うな(笑い)」。
当時語っていた「25歳までに年収100億円」という夢もかなえられぬまま、突然あの世に逝ってしまった。インタビュー後、再び取材する機会はなかった。YOSHIKIプロデュースのオーディションで、久しぶりにYOSHIさんの姿を見て、また話を聞きたいと思ったと同時に、20歳を迎えようとしている今、どんな思いなのかも聞いてみたかった。きっと「20歳? 何も変わらないっすよ」って返されるだろうけど…。【大友陽平】