<こんな人>
1993年の「月はどっちに出ている」など在日コリアンを描いた作品で知られる、前日本映画監督協会理事長で映画監督の崔洋一(さい・よういち)さんが27日午前1時、ぼうこうがんのため、都内の自宅で亡くなった。73歳。葬儀は家族や近親者で執り行う。喪主は妻青木映子(あおき・えいこ)さん。
◇ ◇ ◇
09年以来、メガホンから遠ざかっている理由を「『カムイ外伝』を興行的にハズしちゃったからね」と照れくさそうに明かしたことがある。
映画は製作会社ではなく監督のものという強い意志を貫く原理主義者である半面、興行成績を気にする現実主義者でもあった。崔監督はそんな二面性を当たり前のように両立させる人だった。「愛のコリーダ」で助監督としてついた大島渚監督を師と仰ぎつつ、その骨太な作風は大島監督のライバルであった今村昌平監督に近かったように思う。
日本のイルカ漁を批判する目的で製作された「ザ・コーヴ」(06年)の上映中止運動が起こると、その内容の是非は別にして「上映すべし」と表現の自由を訴えた。世の空気に流されず、激情家のようでいつもしっかりと足元を見ることを忘れなかった。助監督をしていた70年代は、昼夜の別ない過酷な職場環境に黙ってもまれたが、監督になってからは「ちゃんと権利を守ってくれるようなところじゃないと若い才能が集まるはずがない」といち早く待遇改善を口にしていた。
大島監督の16年を抜き、映画監督協会理事長を最長の18年間務められたのも、こわもての外見だけではうかがいしれないこの人特有のバランス感覚があったからだと思う。【相原斎】