たった1人で始めた「加藤健一事務所」コロナ禍乗り越え43年、134回目舞台は葛飾北斎に

葛飾北斎の銅像と加藤健一(外部提供)

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コロナ禍に物価の上昇で、今は劇団を維持・継続するのも難しい時代です。その中で所属俳優は加藤健一(73)の1人ながら、1980年の創立から43年も活動を続けているのが「加藤健一事務所」。毎年3、4本の舞台を上演し、数々の演劇賞を受賞しています。12月7日から浮世絵師の葛飾北斎を主人公にした「夏の盛りの蝉のように」(東京・下北沢の本多劇場)を上演します。【林尚之】

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つかこうへいさんの「熱海殺人事件」に大山金太郎役、「蒲田行進曲」に銀四郎役で出演していた加藤が、80年に一人芝居「審判」に挑戦した時、「加藤健一事務所」を創立した。

「1人で立ち上げたので、当時はこんなに続けるということは考えていませんでした。この公演が成功すれば、次の公演もできると、そういうことの繰り返しでここまでやってきた感じがします」

創立から43年、134回目となる舞台「夏の盛りの蝉のように」は、今年3月に92歳で亡くなった吉永仁郎さんの作品。江戸時代に、貪欲に絵を描き続けた浮世絵師の葛飾北斎と、彼を取り巻く渡辺崋山、歌川国芳、娘のおえい、弟子の蹄斎北馬が熱く議論を戦わせる絵師たちの物語。

「吉永さんの作品は全部読んでいて、北斎のパワーにひかれて、いつか上演したいと思っていました。流派が違う芸術家たちが集まって、ワイワイガヤガヤと芸術論議を熱く語り合う。それは違った劇団から俳優たちが集まってプロデュース公演を行う、僕たち演劇人に近いものがあって、バックステージもののような面白さを感じました」

過去に大滝秀治さん、加藤武さんという名優が北斎を演じて、上演されたことがある。

「どちらも見ていないんです。その分、自由に演じられると思います」

北斎といえば、88歳で亡くなるまでに「赤富士」「北斎漫画」など3万点を超える作品を発表した日本を代表する浮世絵師で、ゴッホなどにも影響を与えた。

「絵は好きだったので興味はありました。勉強のためにサントリー美術館の北斎展に出かけたのですが、すごく混雑していて、マスクをしていても怖かったので、そのまま帰ってきましたが、その人気に驚きました」

先日、北斎の墓がある浅草の誓教寺を訪れた。

「墓の正面には晩年の北斎が名乗った画号『画狂老人卍』、側面には『ひと魂でゆく気散じゃ夏の原』という辞世の句が刻まれていました。小さなお寺ですが、北斎の銅像もあって、毎日何組かの人が来るそうです。北斎の人気をあらためて感じました」

時代物は同じ吉永作品で、「南総里見八犬伝」で知られる滝沢馬琴を主人公にした「滝沢家の内乱」以来となる。

「江戸弁はしゃべっていて爽快なんです。『てやんでえ』とか『こちとら』とか、べらんめえ調のせりふはスキッとしますね。それに時代ものならではの所作も楽しみの1つですが、共演する息子の(加藤)義宗が長いこと居合道場に通っていて、時代ものの立ち居振る舞いなどを教えてもらっています」

これまでの加藤健一事務所公演で加藤は、「セイムタイム・ネクストイヤー」で芸術祭賞、「審判」などで紀伊国屋演劇賞、「木の皿」「詩人の恋」で芸術選奨文部科学大臣賞、「バカのカベ」「八月のラブソング」で菊田一夫演劇賞と、数々の演劇賞を受賞した。加藤はプロデューサーとして、これら上演作品を選び、キャスト、演出家なども1人で決めてきた。

「以前は年に200本ほどの脚本を読んでいて、いいかなと思った作品は最低でも3回、多い時は10回も読み直してから決めていました。今でも年100本は読んでいます。公演が成功するかどうかは、いい作品を選んだ時点で50%、いいキャスティングとなった時点で70%は決まっていると思います」

20年春からのコロナ禍で、公演を中止するなど厳しい状況を経験した。

「以前も事務所のお金がゼロ円近くになったこともあったけれど、どうにか乗り切ってきました。今回のコロナ禍も本当に大変でした。でも、ずっとやり続けることが大前提。来年の作品は決まっていて、再来年以降の作品を考えているところです」

「夏の盛り-」では演出に黒岩亮氏を迎え、新井康弘、加藤義宗、加藤忍らが出演する。

「生きが良くて楽しい時代劇をお見せできればと思います。同じものを作る人間として、役者たちも同じなんだと感じ取ってほしいですね」

◆加藤健一(かとう・けんいち)1949年(昭24)10月31日、静岡県生まれ。俳優小劇場養成所を経て、つかこうへい事務所公演に参加。82年の解散後は、加藤健一事務所公演を続けてきた。2007年には紫綬褒章を受章。16年は映画「母と暮せば」で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞した。

■劇団ラッパ屋 ほろ苦さある上質のコメディーが人気

加藤健一事務所の公演は欠かさず見ていますが、同様にいつも足を運ぶ劇団がある。1984年創立の「劇団ラッパ屋」と、99年創立の「劇団桟敷童子(さじきどうじ)」。着実な活動を続ける中で、多くのファンの支持を得ている。

◆劇団ラッパ屋 大手広告会社のコピーライターだった鈴木聡さん(63)を中心に、早大の演劇サークル出身者によって「サラリーマン新劇喇叭(らっぱ)屋」(93年に「ラッパ屋」と改称)を結成した。当時の劇団員のほとんどがサラリーマンだった。鈴木さんの作・演出で、「大人が楽しめる芝居づくり」を掲げる。ちょっとほろ苦さもある、上質なコメディーで人気を得てきた。鈴木さんは08年に「八百屋のお告げ」で紀伊国屋演劇賞個人賞、12年には「をんな善哉」で鶴屋南北戯曲賞を受賞している。

12月4日から東京・紀伊国屋ホールで「君に贈るゲーム」(11日まで)を上演する。「人生のややこしさと喜びをゲームにしてほしい。幼き孫に贈る私の遺言として」というミッションを受けた、ボードゲームカフェに通う人々が奮闘する姿を笑いとウイットとボードゲーム愛をたっぷり織り込んで描く作品。コロナ禍の公演であることを考慮して、おかやまはじめ、木村靖司らの「サイコロチーム」、熊川隆一、松村武らの「ジャンケンチーム」の2チームでの交互上演となる。

■劇団桟敷童子 手作りの大掛かりセット魅力

◆劇団桟敷童子 劇作家・演出家の東憲司さん(57)を中心に、新宿梁山泊、唐組、木冬社などに在籍していたメンバーで結成された。筆名「サジキドウジ」こと東さんが脚本・演出を担当し、劇団員たちが1週間から2週間をかけて手作りした大掛かりな舞台セットが魅力。「劇場を訪れるすべての人々に見え、すべての人々の心に存在する」芝居作りを目指し、墨田区の倉庫街の一角にあるスタジオを拠点に活動している。06年に「海猫街」で文化庁芸術祭優秀賞、19年に紀伊国屋演劇賞団体賞を受賞。東さんも「泳ぐ機関車」で鶴屋南北戯曲賞、紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞している。

12月15日から東京・すみだパークシアター倉で「老いた蛙は海を目指す」(27日まで)を上演する。東さんが青春時代にあこがれていたロシアの作家ゴーリキーの、木賃宿に住む貧しい人々の姿を描いた戯曲「どん底」を下敷きに、「自由に逸脱し、情熱的に書き殴ろうと思う」(東さん)作品で、板垣桃子、稲葉能敬、鈴木めぐみのほか、客演の藤吉久美子、佐藤誓、青山勝が出演する。