藤田俊太郎氏の演出から目が離せない 「ラヴ・レターズ」など上演、蜷川さんの元で多大な影響

蜷川幸雄氏の秘蔵っ子でイケメン演出家の藤田俊太郎氏(撮影・中島郁夫)

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ミュージカルからストレートプレイまで多彩な作品の演出で、数々の演劇賞を受賞している演出家藤田俊太郎さん(42)。世界的に活躍した故蜷川幸雄さんの演出助手として数多くの蜷川作品に関わり、多大な影響を受けた。そんな気鋭の演出家は1月に朗読劇「ラヴ・レターズ」、4月に「ラビット・ホール」と、ともにパルコ劇場開場50周年記念シリーズの作品の演出が決まっている。【林尚之】

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「ラヴ・レターズ」は椅子に座った男女の俳優が、幼なじみの2人の50年間にやりとりした手紙を読み上げる朗読劇。1990年に青井陽治さんの翻訳・演出、大竹しのぶ・役所広司の出演で日本初演され、2017年に青井さんが亡くなった後、18年から藤田さんがバトンを受け継いだ。

「この作品は、言葉の演劇。青井さんが大切にした翻訳の言葉を稽古で出演者と共有して、観客に届けることを大事にしてきました。僕も5年間やってきて気づくことは、同じ稽古は2度とない。同じ演目なのに、出演者によって稽古で伝えることが変わってくる。経験も出自も違う2人の俳優とともに、稽古の中で言葉を積みあげることを大事にしながら、出演した2人にしかできない『ラヴ・レターズ』を作ることを心がけています。今は分断、不寛容が時代のキーワードとなり、他者が遠くなる中、手紙を通して他者に思いを伝える、他者に優しくなれる、演劇の根幹にある慈しみを持っている作品であることを、出演者に伝えるようにしています」

これまで再演を含めて511組が出演した。本場前の稽古は、原作者A.R.ガ-ニーの指定で1回だけに限定されている。

「1回の稽古は必然の枷(かせ)と感じています。ラブレターを初めて読んだ瞬間の喜び、悲しみは1回でなくなるもの。手紙を読んで、書くということは、それぞれ1回しか起こらないことで、その新鮮さを失わないために、稽古が1回というのは必然だと思います。稽古は7、8時間ですが、どの瞬間も気が抜けないし、集中力を伴う。濃密な時間を過ごした出演者の方と再び出会った時はファミリーのような気持ちになれます」

1月12日は山中崇と小林聡美、18日は大貫勇輔と瀧内公美、27日は麿赤児と橋本マナミが出演する。

「朗読劇の金字塔とも言われますが、これほど出自もジャンルも違って、出会うはずのない2人の俳優が出会う朗読劇もなかなかないでしょう。この作品を愛しているか。他者に思いを伝えることに喜びを持っているか、この2つさえあれば、どなたでも出演できる。出演した2人のドキュメントを見ているようで、1回として同じ公演はないし、出演者の個性が際立つ公演だと思います。青井さんは26年間紡いできたので、僕も26年やって、1公演1公演を大切にして、1000回を目指したいです」

「ラビット・ホール」は幼い息子を交通事故で亡くした夫婦の葛藤と再生を繊細な会話で描いた作品で、06年に初演され、07年に米国のピュリツァー賞を受賞した。

「普遍性のある作品で、ピュリツァー賞を受賞した時から気になっていて、いつか演出したいと思っていました。壊れた心、分断された関係をどう再生していくのか。悲しみを愛に変える可能性はあるのか。自分たちがどう決断し、希望に向かう道筋をたどるのか。06年の初演から時を経て、解釈の仕方もより深くなったような気がします」

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出演した宮澤エマ、シルビア・グラブ、成河ら実力派が顔を並べた。

「出演者、演出によって、これほど色彩が変わる作品はない。それだけ物語の強さと豊かさを持っている。価値観も違う6人の出演者がそろっているので、とことんディスカッションして、私たちしかできない『ラビット・ホール』を作りたいと思います」

東京芸大在学中に蜷川演出の舞台を見て衝撃を受け、俳優として蜷川氏が主宰するニナガワ・スタジオに入った。

「幸運にも『ロミオとジュリエット』に出演できたけれど、俳優として未来はないと思った。蜷川さんに『俳優は無理だと思います』と相談したところ、『そうだな、俳優としての余白がない、君に伸びしろはない』と言われました」

俳優は諦め、05年に蜷川さんのもとで演出助手に転身。15年まで蜷川ワールドにどっぷりとつかった。

「年間10本の年もあって、あまり休みもなかった。つらいこともあったし、胃が痛む毎日で胃薬を飲んでいたけれど、思い出すのは楽しかったことばかり。蜷川さんの現場にいられた喜びの方が大きかった。蜷川さんの言葉は名言だらけですが、演劇に向き合っている自分に響く言葉が多い。蜷川さんは『1つのことを伝えるのに、100通りの言い方がある』とおっしゃっていて、100人いたら、100通りの言い方をしなくてはいけない。状況も立場も違う一人一人に伝えるには言い方やニュアンスも違う。その積み重ねの中で、演出家としてカンパニーという船を先導できる。言葉の伝え方の重要性を教えられた気がします」

19年、日英共同制作によるミュージカル「VIOLET」を演出した。英国ロンドンで現地スタッフとキャストで上演し、20年秋に日本人キャストの公演を行った。

「かけがえのない体験でした。人種も階級も違う人たちが集まったけれど、ものをつくる過程はフラットで、これほど自分の価値観が問われた公演はなかった。でも、これで終わってはいけない。またロンドンでできるように進んでいきたいし、日本で自分が関わったものについて覚悟を背負って世界中に持っていきたい」

今年も藤田演出の舞台から目が離せない。

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1月には、藤田さんと同じ40代で活躍する演出家の舞台が上演される。中川晃教主演のミュージカル「チェザーレ 破壊の創造者」(明治座)を演出する小山ゆうなさん(46)、小瀧望主演のミュージカル「ザ・ビューティフル・ゲーム」(日生劇場)を演出する瀬戸山美咲さん(46)。小山さんは翻訳も手掛け、瀬戸山さんは劇作家としても活躍する。

小山さんは、早大第一文学部卒業後、11年から演劇ユニット「雷ストレンジャーズ」を主宰。17年に「チック」の翻訳と演出で小田島雄志・翻訳戯曲賞、読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した。近年は劇団四季ミュージカル「ロボット・イン・ザ・ガーデン」や「ブライトン・ビーチ回顧録」「ラビット・ホール」を演出している。

瀬戸山さんは、早大政治経済学部を卒業後、01年に演劇ユニット「ミナモザ」を旗揚げ。16年に「彼らの敵」で読売演劇大賞優秀作品賞、19年「わたしと、戦争」などで同優秀演出家賞、20年「THE NETHER」で芸術選奨新人賞を受賞。近年は「ペーター・ストックマン」「スラムドッグ$ミリオネア」を演出。22年に日本劇作家協会会長に就任した。

◆藤田俊太郎(ふじた・しゅんたろう)1980年(昭55)、秋田県生まれ。東京芸大美術学部先端芸術表現科在学中の04年にニナガワ・スタジオに入り、05年から蜷川さんの演出助手を務める。15年「ザ・ビューティフル・ゲーム」で読売演劇大賞杉村春子賞、17年「ジャージー・ボーイズ」「手紙2017」で菊田一夫演劇賞、21年「天保十二年のシェイクスピア」「NINE」「VIOLET」で読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞した。

◆「ラヴ・レターズ」 幼なじみのアンディーとメリッサ。互いにひかれあう2人だが、結ばれることなく、それぞれ結婚し、別の道を歩き始める。そんな2人が50年にわたってやりとりした手紙を読むスタイルで、愛の物語が展開する。1989年にニューヨークで初演され、90年にパルコ劇場で日本初演して以来、32年間で511組が読み続けている。

◆「ラビット・ホール」 4歳のひとり息子を交通事故で亡くし、心が離れ離れになった若い夫婦の葛藤と再生を細やかな会話を通して描いた作品。10年にニコール・キッドマンの製作・主演で映画化されている。