酒井くにおさん追悼公演 相方で弟のとおる「52年間できたのは兄のおかげ」

くにおさんの思い出を語る、左から酒井とおる、ますだおかだ、なすなかにしら

昨年10月28日に74歳で死去した漫才師酒井くにおさんをしのぶ追悼公演が18日、大阪・DAIHATSU心斎橋角座で行われた。

50年にわたって漫才の相方を務め、くにおさんの弟でもある酒井とおる(71)はじめ、横山ひろし・春けいこ、森脇健児、パピヨンズ、シンデレラエキスプレス、ますだおかだ、なすなかにしら縁のある芸人が出演。この日の会場は、くにおさんが生前最後(10月21日)に立った舞台でもあった。

くにおさんの写真を抱いたとおるは「52年間、コンビで漫才できたのはお兄さんのおかげ。心が広かった。家はせまかったけど」と笑いを誘いながら、感謝の言葉を述べた。

なすなかにしは漫才のなかで「くにお師匠、地獄の景色はどうですか?」とキツいジョーク。

松竹芸能に移籍する前は吉本興業にいたくにお・とおる。横山やすしさんの弟子だった横山ひろしも同時期、吉本に在籍。「僕らが松竹に移った後、弟子がいなくなったやすし師匠は、くにお・とおるさんを特にかわいがっていた」と、ひろし。これを受けたとおるは「やすしさんに命じられてモーターボートに乗せられた。ブレーキのかけかたは教えてもらえず、エンジンが止まるまで走り続けたこともあった」と振り返った。

また、くにおさんは食べ物の好き嫌いが極端で「テレビ番組のロケで熊本に行った時、名物の馬刺しを目の前にして『無理。健坊、食べて~』。それっきり旅のロケは行ってません」と森脇。とおるも「鳥取のロケではかにを食べられず、ひたすら身をほじるだけで口にしなかった」と笑った。

兄弟コンビ「くにお・とおる」はともに岩手県生まれ。72年より大阪に根を下ろして漫才に取り組む。当初は関西弁になじめなかったが、苦労を重ねながら徐々に頭角を現し、97年には上方漫才大賞を受賞。松竹芸能の看板タレントとして長く活動した。