北島“ファミリー”の由縁、弟子には万全の体制で独立バックアップする北島三郎の親心

出演者とともに笑顔でポーズを決める北島三郎(前列中央)。後列左から和田青児、松原のぶえ、山本譲二、原田悠里、北山たけし、山口ひろみ、大江裕(2023年2月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

歌手北島三郎(86)がホスト役を務めてきたBSテレ東の音楽番組「サブちゃんと歌仲間」(土曜午前5時30分)が3月末で終了する。このほど、都内のスタジオで最後の収録が行われ、取材した。

同番組は96年4月にテレビ東京でスタート。「若手の歌手が新曲を歌う番組を用意してあげたい」との北島の要望から始まり、BSテレ東に移ってからも、新人歌手の登竜門の番組として知られ、多くの歌手が巣立っていった。最終回は3月25日放送。通算回数は1377回を数え、山本譲二(72)ら北島ファミリーも勢ぞろいした。

収録は都内のスタジオで行われた。最終回ということもあり、北島ファミリーはもちろんのこと、多くの演歌歌手が勢ぞろい。狭いスタジオには、各歌手のレコード会社のスタッフや、所属事務所関係者が詰めかけ、ごった返していた。いずれも、北島へのあいさつも含めて集まった。

テレビ東京HDの小孫茂会長も駆けつけ、北島の長年の功労に対してねぎらった。同会長は、北島サイドからは金の延べ棒を希望されたとジョークであいさつを行うと、スタジオは笑いに包まれた。さらに「いつでも北島さんが希望されれば、会長の名にかけて、番組を用意させていただきます」と、最大級の賛辞を送った。

北島は「番組が始まったのは還暦の年でした。気がつけば27年間、番組をご支援してくださった皆さま、テレビをご覧の皆さま、スタッフのみなさま、ありがとうございました」。番組終了については「(デビューから)60年を迎え、ちょっと寂しいなっていう気はあるんですけれども、やっぱりね、引き際がすごく大事だなっていう気がするんです。そんなことを感じながら、最後にすることにしました」などと語った。

コロナ禍もあり、演歌界をとりまく環境は厳しさを増す。多くの演歌歌手は、地方など各地でイベントやコンサートなどを行い、ファンと直接対面してCDを販売するシステムを取り入れてきた。それがコロナ禍では対面そのものがかなわない。イベントの数も減り、ファン層も高齢なため、オンラインでは販促もなかなかうまく進まなかったことも影響しているように思う。そんな環境を考えると、北島だったからこそ、この番組が26年間も続けられたのだとも思う。

北島は番組の終了とともに、弟子らの独立も明言した。

北島音楽事務所は北島の個人事務所として72年に設立された。その後、弟子たちも所属し、ファミリーとして活動。現在は、原田悠里(68)山口ひろみ(46)北山たけし(48)大江裕(33)が所属するが、近く、のれん分けという形で独立するという。

北島は「弟子にはやはり旅立ってもらいたいし、帆を揚げて頑張ってもらいたいという気持ちは、ずっと前から思ってますね。この芸能界はなかなか思い通りには行きませんから、せっかく親から預かった子供たちをですから、無事に出航してもらいたい。私の年齢的なものもありますし、この子たちも1本立ちで頑張っていけるなというものを感じましたので、頑張っていってもらいたい」と親心を語った。

独立の形は4人ともそれぞれだが、バックアップは惜しまない。「後ろでずっと見えないとこで、やっぱり、なんかこう、せめていい風でも吹けるように、後押しはしてあげたいなという気持ちもあります。これからは頑張ってくれると思います」とエールも送った。

これまでも山本譲二(73)が07年、和田青児(53)が12年、小金沢昇司(64)が14年にのれん分けを許され、独立していった。

さらに北島自身も、信条から引き際を常に大事にしてきた。長年出場を続けてきたNHK紅白歌合戦を50回の出場を機に辞退したのも、後進への道を譲るためだった。

昨今の芸能人の事務所からの独立劇を見ていると、トラブルが伴うケースも少なくない。さらに、表面上は円満に見えても、契約上や権利面などで、さまざまな制約が課せられることもある。

だが、北島音楽事務所に限っていうと、まさに円満にことが運ばれてきた。

関係者によると、レコード会社との契約も含めて、独立した後も、これまでと同じように活動できるように、差配してくれるのだという。例えば、コンサートで使用した衣装などは、事務所の所有財産ではあるが、それも含めて譲渡するのだという。楽曲に関してもだ。だから、独立しても、すぐに同じように活動できるのだという。

その背景には、北島自身の苦労もあるからだ。ミリオンヒットを重ねた北島が現在の事務所を設立するにあたり、かなりの労力を要したことは、容易に推察できる。自身が苦労したからこそ、弟子らには、万全の体制で出航してもらいたいという、まさに親心。これこそが、ファミリーと呼ばれる由縁なのだと思う。