ラッシャー板前、3度目の芸名の経緯を生島ラジオで明かす「鶴太郎さんがラッシャー木村から」

生島ヒロシ(左)とラッシャー板前

たけし軍団のラッシャー板前(59)が2日、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」(月~金曜午前5時)にゲスト出演した。

パーソナリティーの生島ヒロシ(72)にラッシャーは「生島さんとの思い出はフジテレビの『新・諸国漫遊記』です」と生島が司会を務め、1990年(平2)から10年にわたって放送された旅番組を挙げた。

生島は♪風まかせ~ と「新・諸国漫遊記」のテーマソングを口ずさむと「あの時の旅のスタイルは、その後のテレビでみんなまねていった。あの頃のスタッフは優秀だった」。ラッシャーは「『一万円の旅』をやらせてもらいました。すごく斬新な企画だった」と話した。

ラッシャーは、自身の芸名について「弟子入りした時は、師匠のビートたけし、北野武さんが『お前、黒タイツに合うな。芸名を力道川にしよう。力道山の山を川にして』」と、日本プロレスの父・力道山に由来した芸名を付けられたと説明。

そして「しばらくして、大きな事件がありまして。その犯人に僕が似てたんです。それで事件と犯人の名前を合わせて、新しい芸名を付けられました。でも、それが放送禁止だったんです」と振り返った。

その後、フジテレビの「オレたちひょうきん族」の収録で、たけし、明石家さんま(67)片岡鶴太郎(68)が休息でそろった時に、ラッシャーの芸名が話題にあがったという。

「たけしさんが『こいつの名前、どうしようか考えてるんだよ』って言うと、鶴太郎さんが『今は力道山じゃなくて、ラッシャー木村じゃないですか』って言って、板前やってたからラッシャー板前。鶴太郎さんが名付け親なのかなといった感じです」と経緯を話した。

83年に結成された、たけし軍団は今年40周年を迎える。40周年記念の舞台「ウスバカゲロウな男たち」が、8日から12日まで東京・新宿のシアターサンモールで上演される。

ラッシャーは「軍団全員8人が、そろいます。私とガダルカナル・タカが初舞台。タカは今年67歳、私は60歳になります。意外と真面目な、ちょっとお笑い、感動シーンもあります。感動させることが出来るのかなと思っていますが、頑張っています。これから、今日も稽古に行ってきます」と話した。