<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
3月29日に東京・明治座で高田文夫プロデュース「第三回立川流三人の会」を見てきた。立川志の輔(69)立川談春(56)立川志らく(59)の3人が15年ぶりにそろって、落語を聞かせてくれた。
平成の初めの頃からお世話になっている、高田文夫先生(74)に呼ばれて「15年ぶりに『立川流三人の会』のプロデュースをする。ついては、それを日刊スポーツで」ということで、1月16日付日刊スポーツ芸能面で報じた。そして高田先生がパーソナリティーを務める、その日のニッポン放送『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』で取り上げていただいた。
高田先生の今年十三回忌を迎える立川談志師匠(享年75)に対する熱い思い、そして超売れっ子の志の輔、談春、志らくをそろえる苦労を聞いた。それだけに“取材”ということで、気軽に見ることはできない。正々堂々と自分でチケットを買って見ようと思った。
「明治座めーる倶楽部」に登録して、一番にチケットを申し込んだ。先行発売は外れ。そういうこともあるさと気を取り直して、一般発売もすぐさま申し込んだが、またもや外れ。気が付いたら電話予約の時もすぎ、完売になっていた。いまさら、高田先生方面やニッポン放送の手をわずらわせるわけにも行かず、3月10日に休みをとって、朝9時から並んで立ち見席をやっとゲットした。
高田先生の「昼夜、全く別のものになるからな」という言葉を受けて、昼の部と夜の部の立ち見を押さえて、当日に備えて体力づくりに励んだ(笑い)。なんと予想外の取材が入り、昼の部は旧知のお笑い関係者に譲ったが、夜の部をど真ん中の最後列の立ち見で堪能した。
立ち見を入れたことで、明治座史上最高の1500人近い入りの超満員。昼夜合わせて、3000人近い入りだ。昼の部を見た人間に聞くと、最初に上がった志らくが「親子酒」、志の輔が「親の顔」、そしてトリになった談春が、たっぷりと「文七元結」をやったという。
夜の部は、高田先生が最初に登場して「どうも、道端ジェシカです」とボケをかましたが、年齢高めの観客にはあまり受けない(笑い)。
3人がジャンケンで、順序を決める第1優先権が談春、第2が志らく、そして志の輔となった。昼の部でトリを取らされた談春が2番目を取ると、志らくは迷いながらも、トリを取った。そして「文七元結」をやると宣言した。昼の部の談春の「文七元結」を見ている客も多いだけに、大いなるチャレンジだ。結局、談春が最初に上がり、一番上の志の輔が2番目、トリが志らくと決まった。
一番上の志の輔は毎年、東京・渋谷のパルコ劇場を満員にする。「志の輔落語」というジャンルを確立している。談春は“今、一番古典落語がうまい落語家”と言うと必ず名前が挙がってくる、脂の乗りきった噺家だ。志らくは「シネマ落語」をやったり、劇団をやったりと試行錯誤を続けて、近年ではテレビのコメンテーターとして売れっ子だ。
ちなみに、年齢は志らくが3歳上だが、17歳で入門の談春が兄弟子。志らくは1年半後に高田先生の紹介で入門した。若い頃は2人で「立川ボーイズ」というユニットを組んでテレビに出たりしていたが、真打ち昇進は志らくの方が2年近く早い。2人のライバル関係は広く知られている。
最初に上がった談春は古典「宮戸川」から前半部分の「お花半七」をさらりとやった。高田先生も「こういう素軽い噺もうまいね」とべた褒めでした。
志の輔の「みどりの窓口」は志の輔落語の真骨頂。その後に会った、最前列でみたというフリーアナウンサー高嶋ひでたけさん(80)は激賞していました。
そしてトリの志らく。当代きっての名手のライバル談春が演じた「文七元結」をぶつける。こういうところが、談志師匠に愛されたゆえんでしょう。テレビでは辛口だったりしますが、前にインタビューした時は腰の低い丁寧な方でした。
志らくの「文七元結」に志の輔と高田先生は「先代の(金原亭)馬生、そのものだった」と賛辞を贈った。古今亭志ん生の長男で志ん朝のお兄さん。女優池波志乃(68)のお父さんでもある。82年に54歳の若さで亡くなっているが、落語家らしい落語家という印象が残っている。
弟弟子の2人の競り合いに、志の輔も「次は『文七元結』を勉強しています」と笑顔を見せた。
三人三様の名人ぶりに、談志師匠も喜んでいるに違いない。高田先生、ありがとうございます。そしてお疲れさまでした。【小谷野俊哉】