3月28日にがんで71歳で亡くなった音楽家坂本龍一さんと、音楽活動をともにした作詞家売野雅勇氏(72)が3日、日刊スポーツの取材に応じて坂本さんの思い出を語った。
「最初の出会いは94年くらい。ダウンタウンのGEISHA GIRLSというユニットの『少年』という曲でした。坂本さんがニューヨークから帰ってきて、その翌日に打ち合わせして、翌々日が締め切り。1日で書いたんだけど、わりといいものができて、相性がいいんだとなった。全て“曲先”でした。その翌年に坂本さんが歌った『美貌の青空』。96年に中谷美紀さんのアルバム『食物連鎖』や、97年に中谷美紀 with 坂本龍一の名義でリリースされたシングル『砂の果実』で10曲くらい。あとはKinKi Kidsの『イノセント・ウォーズ』ですね」と振り返った。
「坂本さんは知性的で考えが深いけど、それに反するような本能的な、と言うか野性的な部分もあって、両方を持っていました。わりと少年っぽいところもあって、ふざけたり冗談も好きでした。いつも読書をしていて、スタジオで『量子論』とかを読んでいました。『そんなの読んでるんですか』って言ったら『本当は高校生の時に読んでなきゃ』と言ってました」。
80年代にポップスで大ヒット曲を連発した売野氏だが、坂本さんとの出会いで、より高みに達した。「中谷さんの『MIND CIRCUS』という曲の時は、書くのに2週間かかりました。坂本さんと作ったもの全てが僕の代表作になりました。坂本さんは現代音楽を学んでポップスをやり、映画音楽も作る。作った曲の隅々まで魂が行き渡っていた。そういう高みにどうしても詞が負けてしまうので、そこまで行くのにテンションを高めて自分にないものを求めて全てを出し切らなきゃいけない。僕を新しいところへ導いてくれました」と感謝の言葉を口にした。
年齢は坂本さんが1歳下の同世代だが、売野氏が作詞家デビュー以前の70年代後半にYMOで坂本さんは世に出ていた。「すごいかっこいい。日本人で、こういうスタイルの人はいなかった。現代音楽をやって、ポピュラーの最先端でヒットを飛ばし、映画音楽も『ラストエンペラー』とか、全てが傑作で素晴らしい。日本が世界に誇れる作曲家です」と話した。
売野氏は、7月15日に作詞活動40周年記念コンサート「それでも、世界は、美しい」を東京国際フォーラムで開催する。「『砂の果実』のカバーをやりたいと思います」としのんだ。