多発性骨髄腫と闘う漫才師、宮川花子(68)が9日、大阪・なんばグランド花月(NGK)で、大助(73)との夫婦漫才コンビとして、19年5月20日以来となる“芸人の聖地”での漫才に臨んだ。
花子は、大助が押す車いすに乗ってステージへ。開口一番、夢だった本拠地復帰に「NGKに戻ってきたぞ!」と喜びを爆発させた。「よう生きて戻ってこれました。きょうのお客さんは大助・花子の生き証人です」。花子の闘病経験をネタにした漫才は、予定の10分間を2分オーバーする熱演だった。
19年6月からの闘病で命の危険も乗り越え、復活を遂げた。
終演後、花子は「楽しかったなあ。『次はいつ?』と会社(吉本)に催促しました」と疲れも見せず、元気いっぱいだった。
舞台のセンターマイクに近づく際、大助は「ここで漫才するのが嫁はんの励みでした。何度も歩いた舞台なのに、オッサンになると涙もろくなって」と振り返った。
この日の前日には病院に出向き「もし途中でつらくなったら、すぐに漫才をやめなさい」と医師から注意を受けていた。験(げん)を担いでビタミンカラーのオレンジ色の衣装を用意してもらった。いざ漫才が始まると「お客さんの笑いをドーンと取れてよかった。おかげで疲れもありません」と花子。
大助・花子の出番前にNGKに出演した旧友のオール阪神・巨人は「このあと大助・花子さんが出るので、応援してください!」と客席に呼びかけ、楽屋を訪れたミルクボーイからは「師匠、頑張ってください!」と励まされた。
「会社には感謝しかありません。病気の人間を舞台に立たせることは勇気がいったはず。嫁はんの生きる力になってます。今はハッピーです」と大助は感無量だった。
19年1月に多発性骨髄腫と診断され、入院・リハビリ生活を送ってきた花子。自力で立つことも困難ながらも「もう一度、NGKで漫才を」とお笑い芸人の聖地とされる同劇場への思いを隠さず、コツコツ努力を重ねてきた。昨年10月には一時心肺停止に陥る危機となったが、奇跡的に一命を取り留めた。強靱(きょうじん)な精神力と、大助の献身的なサポートもあって、5月1日にはNGKの地下にあるYESシアターで4年ぶりとなる大助との漫才を披露していた。