森彩香と音楽座「最初の出会いは最悪」が「今は毎日激動で充実」7年ぶり再演「泣かないで」主演

音楽座ミュージカル「泣かないで」に主演する森彩香はカメラに向かって優しくほほ笑む(撮影・鈴木みどり)

<情報最前線:エンタメ 舞台>

良質なオリジナルミュージカルを上演してきた音楽座ミュージカルの代表作「泣かないで」が6月9日から東京・町田の市民ホールで上演される。今年、生誕100周年を迎えた作家遠藤周作さんの小説「わたしが・棄てた・女」をもとにした舞台で、1994年の初演後、何回も再演を重ねた。7年ぶりの再演で、主人公の森田ミツを演じる森彩香(29)に話を聞いた。【取材・構成=林尚之】

    ◇    ◇    ◇  

森は小学1年の時に、世界的スターのジャッキー・チェンの主演映画「ナイスガイ」を見て、大ファンとなった。危険なアクションシーンに体当たりで挑む姿に「どの一瞬も命がけ。私もこういう生き方をしたい」と思い立った。

「地元の市民ミュージカル劇団に入って、オーディション雑誌を読んでは毎月30件ぐらい応募していました。今もジャッキー・チェンは大好きです」

大学は古田新太、渡辺いっけいも学んだ大阪芸術大舞台芸術学科に入学した。そこで大阪公演の宣伝のために来校した音楽座ミュージカルのメンバーによるワークショップに参加した。

「ワークショップで私たちがシーンを披露した後に『今やったものは本気なの?』と怒られたんです。私だけでなく、みんな音楽座ミュージカルが嫌いになりました」

しかし、卒業後、進路を決める時に思い出したのが音楽座ミュージカルだった。

「なぜ怒られたのかが知りたくて、受けたら、合格しました。最初の出会いは最悪だったけれど、今は毎日が激動の日々で、充実しています」

16年に入団し、今年が8年目。遠藤周作さんの小説をもとにした「泣かないで」で主人公の森田ミツを演じる。遠藤さんはミツについて「1人の聖女を書きたいと思った。我々と遠い聖女ではなく、電車や町の中で横を通り過ぎる人々に混じる聖女」と書いている。

「すごく暗くて重いイメージで作品をとらえていて、最初はミツにもなかなか共感できなかった。でも、作品に入ってみると、ミツは生きる活力にあふれていて、人生の分岐点では120%の力で生きている。心の赴くままに生きていく女性と思うようになりました」

ミツはたった1度しか会っていない大学生の吉岡に思いを寄せ、吉岡を信じて待ち続ける。

「それまでは私の中でミツのことを『棄てられた女性』と捉えていて、かわいそうな女性というイメージでした。でも、ミツにとって吉岡は自分が愛した人で、もう1度会いたいと思う人だった。ミツはその辺にいる普通の女の子だけれど、そういう人がいることで、生きていく上で前向きになれた。1度だけの出会いを豊かな出会いに180度変えた魅力的な女性と思うようになりました」

遠藤さんがこの舞台の初演を見た時、号泣して「自分の芝居で、こんなに泣いたのは初めてや」と言ったという。それから2年後の96年に73歳で亡くなった。自ら劇団「樹座(きざ)」を主宰するほど演劇好きだった遠藤さんが最後に見た舞台だった。

「戦後まもなくの物語で、ミツは貧しい人だった。でも、誰か別の人の話としてではなく、自分たちの物語として、本質を感じてほしい。どの作品もそうですけど、自分が今いる場所でいくらでも自分を幸せにできるということに気づくきっかけになればと思います」

入団以来、ピュアな歌声と大胆な演技で主演の舞台を重ねてきた。

「演じてきた作品を作品と思ったことがなくて、生きていることそのものだと思っています。演じている役に伴走している感じです。演じる役が悩んでいる時は、私も一緒に悩んでいる。舞台を演じるたびに、人間としても成長させてもらっています」

◆森彩香(もり・さやか)広島市生まれ。小学生の時から地元のミュージカル劇団で活動。大阪芸術大を卒業後の16年に音楽座ミュージカルに入団し、「リトルプリンス」の王子、「ラブ・レター」のナオミ、「7dolls」のムーシュなど主役を演じてきた。声優としても活動している。

◆「泣かないで」 戦後間もない東京が舞台。貧しい大学生の吉岡はクリーニング工場で働く女子工員の森田ミツと雑誌の文通欄で知り合い、デートの約束をする。ミツは大学生とのデートに胸躍らせるが、吉岡にとって彼女はつかの間の遊び相手で、一夜を共にすると姿を隠す。そうとは知らないミツは次のデートを夢見て、その時に着る新しい服を買うために残業に励む。たった1度しか会わなかった2人を巡る人生の軌跡が新たな物語を生んでいく。

■87年に創設、受賞歴多数

音楽座ミュージカルはオリジナルミュージカル上演を目指して1987年に創設された。作・演出は「ワームホームプロジェクト」という、代表が中心の集団による創作システムに大きな特色がある。「とってもゴースト」は90年の文化庁芸術祭賞、「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」「マドモアゼル・モーツァルト」などで94年の紀伊国屋演劇賞の団体賞を受賞した。読売演劇大賞でも95年に「アイ・ラブ・坊っちゃん」、96年に「泣かないで」が優秀作品賞を受賞している。96年にいったん解散したが、04年に再結成した。21年には「SUNDAY(サンデイ)」に主演した高野菜々が文化庁芸術祭新人賞を受賞している。10月には代表作「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」の上演が決まっている。出身者には土居裕子、濱田めぐみ、吉野圭吾らがいる。

■海外だけじゃない 日本発も盛ん

ブロードウェー、ロンドンからの海外ミュージカルだけでなく、最近は日本発のオリジナルミュージカルも盛んに上演されている。

劇団四季は2020年に心に傷を抱えた男と旧型ロボットとの交流を描いた英国の人気小説をもとにした「ロボット・イン・ザ・ガーデン」を初演し、22年にも再演されている。22年3月には細田守監督のアニメ映画をもとにした「バケモノの子」を初演した。孤独な少年が異界に紛れ込み、バケモノの男に鍛えられて成長する姿を描いた作品で、1年間のロングランを経て、今年12月からは大阪四季劇場でロングランが予定されている。ちなみに、2作品は隔月誌「ミュージカル」の演劇評論家らによる初演作品ベスト10アンケートで20年、22年の1位を獲得している。来年5月には人気コミックを原作にした「ゴースト&レディ」の上演が決まっている。近代看護の礎となったナイチンゲールと芝居好きなゴーストとのファンタジックなラブストーリー。

東宝も今年3月の帝劇ですご腕スパイに超能力少女、殺し屋の偽装家族が大活躍する人気漫画を原作にした「SPY×FAMILY」を上演し、10月にも人気漫画を原作にした「のだめカンタービレ」をシアタークリエで上演する。落ちこぼれの天才ピアニストを主人公にした作品で、ドラマ版にも主演した上野樹里が初舞台で主演を務めることが話題となっている。

ホリプロでは黒澤明監督の名作映画「生きる」(1952年公開)のミュージカル版を18年に初演。がん宣告を受けた初老の男が最後に見つけた夢の物語で、市村正親・鹿賀丈史のダブルキャストに、音楽はブロードウェーで活躍する作曲家を起用した。9月に新国立劇場で3年ぶり3度目の上演が決まっている。15年には名前を書くだけで人を殺すことができるノートをめぐる人気漫画をもとにした「デスノートTHE MUSICAL」を初演した。17年の再演では海外(台湾・台中)公演も行い、韓国プロダクションによる公演も15年から行われている。8月にはロンドン・ウエストエンドで英国人キャストによるコンサート版が上演される。