高良健吾「菅原文太さんとの呼び間違えさえも、光栄」中島貞夫監督遺作「多十郎殉愛記」に主演

「多十郎殉愛記」の公開記念舞台あいさつに登壇した高良健吾(2019年4月14日撮影)

1972年(昭47)の映画「木枯し紋次郎」や91年「新・極道の妻たち」などで知られる、中島貞夫監督が11日夕方、肺炎のため京都市内の病院で亡くなった。88歳だった。かつて社員として所属した東映が15日、発表した。葬儀は家族葬として既に執り行った。

遺作となった19年の映画「多十郎殉愛記」に主演し、清川多十郎を演じた高良健吾(35)が訃報を受けて東映を通じてコメントを発表した。

高良は「中島貞夫監督の現場に立てた事。中島監督の生き様、姿勢に触れることができた事。中島監督と過ごした時間は大切な思い出です」と中島監督に感謝した。

自宅で手料理を振る舞われたこともあったという。「中島さんがご自宅で手料理を振る舞ってくれた事がありました。今まで中島さんが親交のあった錚々たる俳優の方々も中島さんのご自宅によく集まっていたと聞いていたので、自分もその一員になれた気がしました。そこでは、中島さんの歴史、東映の歴史の話をしていただきましたが、当時の映画の現場の熱量を体験してるのかと錯覚するくらい中島さんの話は知的で面白い。楽しい」と振り返った。

そして「中島さんからは、こうらちゃんと呼ばれていました。毎回、呼ばれるたびに嬉しかった。たまに文ちゃんと呼び間違える事があったのですが、文ちゃんは菅原文太さんの呼び名です。その呼び間違えさえも、光栄で嬉しかった」と菅原文太さんと呼び間違えられた思い出を明かした。

撮影中の思い出も明かした。「中島さんの現場での言葉の重みはとにかく深くて。シンプルで。一言の演出が、役を深くしていく経験は初めてでした。中島さんの映画に向き合う力を近くで感じる事ができた僕は幸せです。中島さんと過ごした時間、残してきたものは忘れません。大切にします」。

そして「今日も中島さんから頂いた椅子に座ってタバコを吸っています。中島さん。ゆっくりしてくださいね。ありがとうございました」と感謝した。